木苺を摘みに家を出て少し歩くと、署長さんにばったりと会った。
「あら署長さんこんにちは、いい天気ですね」
「こんにちは、レディ。本当に実にいい天気だ、ところでどこに行くのかね?」
「木苺を摘みに行くんですよ」
ほら、とバスケットを見せた。すると署長さんは鋭い顔で空のバスケットの中を覗き込み首を振る。
「残念だがレディ、木苺摘みには行けないよ」
「ええっ、どうしてですか」
「君を逮捕するからだ!署まで来てもらおうか!」
「えええええっ」
驚いた。心当たりが何一つない。呆然としている間に署長さんにロープをかけられてしまった。
そしてぐいぐいと警察署に向かって引っ張られる。
「署長さん!わたし何もしていません!」
「犯人はみんなそういうんだ」
署長さんはずんずん進む。話も聞いてくれない。きっとまた何かの誤解なのに、どうしたものかと思いを巡らせてると今度はヘムレンさんにばったりと出会った。
「署長さん、こんにちは。それに、レディかい。なにしているのかね、まるで捕まったみたいな格好で」
「捕まっちゃったんですー」
うーん、せめてスナフキンやミイだったらなと思ったがヘムレンさんに罪はない。のんびりとそう答えるとヘムレンさんはそうかいうかい、と納得したように頷いてまた足元の植物に夢中になりだした。これはわたしが捕まって当然だと思われているのだろうか。否、違う。わたしへの興味より植物への興味の方が強いだけだ。
呆れてそれ以上何も言えないままヘムレンさんのそばをあとにした。



「レディ、面会だぞ」
警察署で署長さんと話してもなにひとつ疑いが晴れなかったので牢屋に入れられていた。するとおやつ時すぎに面会が入った。
署長さんの奥からムーミンとムーミンママが心配そうに顔を出す。
「レディーっ!さっきヘムレンさんに聞いて来たんだ、大丈夫?」
「レディこれ差し入れよ、ところであなた一体なにをしたの?」
「なにもしてないわ!」
「しただろう!フィリフィヨンカ夫人の庭のりんごを盗んだり、ミムラの家の塀に落書きしたりほかにもたくさん!」
それを聞いてムーミンとママが驚いた風に署長さんを見つめた。
「署長さん、レディはとってもいい子だからそんなことするはずないわ」
「そうだよ、ぼく達いつも一緒に遊んでるけどレディが悪いことしてるのなんて1度も見た事ないよ」
「そりゃあわたしもレディを疑いたくはないが・・・」
ふたりに詰め寄られればしどろもどろになる。もっと言ってやって!ムーミンママからの差し入れのクッキーを頬張りながらそう思った。
「でも今回は目撃証言が沢山出てる!そのワンピース!ムーミン谷に同じ格好した人がもうひとりいるのかね?」
おお、めずらしく署長さんが強く言いきった。
確かにわたしの服は全部自分で作っているので同じ格好の人がいるとは考えにくい。ムーミンは一瞬だけたじろいだが、すぐに持ち直して強く言い切る。
「わかった!ぼくがレディの無実を証明してみせる!」
「ありがとう!ムーミン」
ムーミンやさしい。だいすき。ここはじめじめして嫌だ。早く出たくてたまらなかった。
「待っててねレディ、ぼくちゃんと真犯人を見つけてくるから」
「ちゃんと新しい犯人を捕まえられたらレディは釈放するよ、やってみればいい。見つからないとは思うがね」
署長さんはそう言いきった。約束だからな、ムーミンは啖呵を切ってもう一度わたしに大丈夫だよと声をかけるとここを走り去って行った。
そして残ったムーミンママが心配そうにわたしの背をさする。
「レディ、お昼は食べたの?お夕飯持ってきましょうか?」
「ありがとうムーミンママ、お夕飯は署長さんがムーミン屋敷まで取りに行くわ」
「ええっ、どうして私が・・・」
「わたしが取りに行ったっていいけど容疑者を外にしてくれるの?」
「いや!そんなこと出来ない!わたしが行く!」
「ありがとう署長さん、よろしくね」
うーん、乗せやすい署長さんだ。半ばあきれてムーミンママと顔を見合わせた。



「レディ!レディ!釈放だ!」
次の日の昼間になって署長さんがそう騒ぎ立てながら牢屋の前まで来た。
なかなか快適になってきたのに残念だ、フローレンが持ってきてくれたテーブルクロスを敷きミムラやムーミンママたちからの差し入れの紅茶とタルトを嗜みながらそう思った。
そして紅茶にジャムを溶かしながら署長さんに訊く。
「それで、真犯人は?」
「スティンキーよ」
その署長さんの肩からひょっこりとミイが顔を出した。
「スティンキー?」
スニフがわたしの服に無理矢理身体を詰め込んだスティンキーを突き出した。
「離せー!やったのはおれじゃない!レディだ!」
「こいつめ、レディの服を盗んでイタズラしていたんだ」
騒ぐスティンキーを他所にムーミンが言う。そういえばこの前の洗濯を干した時にワンピースが1枚無くなっていた。風が強い日だったので風に持っていかれたとばかり思っていたがそうか、スティンキーの仕業だったのか。
そしてわたしの代わりにワンピースを着たスティンキーが牢屋に押し込まれた。
言っておくがスティンキーとわたしの体型はだいぶ違う。どうして無理矢理にワンピースに身体を詰め込んだスティンキーのこの姿を見てみんなわたしだと言えたのか。ムーミン谷の人はわたしを服でしか認識していないのか。呆れ果てて紅茶を飲んだ。
「勘弁してよね、もう」
一息ついたところで一瞬の静寂。そして署長さんが質問をしてくる。
「ところでレディ、出てこないのかい?」
「紅茶飲んでからでいい?みんなもおいでよ、スティンキーも」
ママからの差し入れのタルトもまだたくさんある。牢屋で奇妙なティータイムをみんなで楽しんでから、わたしは出所したのだった。

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