適当にぱらぱらとレシピブックをめくっていると甘いメイプルが混じった香ばしい香りが鼻を擽った。そろそろだろうか、結局は夕飯が決まらないままレシピブックを閉じて立ち上がる。そしてオーブン脇にかけてあるミトンを両手にはめるとオーブンをあけ中から天板を取り出した。その上には美味しそうないい香りを漂わせるスコーンが行儀よく整列している。我ながらいい焼き目だと思う。満足して口角が上がる。
あちち、そう漏らしながら天板を置いてまだ熱いスコーンをひとつ手に取りふたつに割った。そして用意してあったジャムがたっぷりと詰まった大瓶の蓋をこぱ、と開けると木のスプーンでたっぷりとこけももを掬いスコーンに垂らした。もう既に完成していたクロテッドクリームも瓶からすくい上げジャムの上に乗せる。
いい香り、目を閉じてそのままかぶりついた。おいしい。ゆっくりと焼きたてのスコーンを堪能しつつ味を確かめるともうひとつに手を伸ばしたい気持ちを抑えつつ残りのものをバスケットに詰めた。お気に入りのジャムと大好きなクロテッドクリームを持っていくのも忘れずに。
ちょうどそのとき、がちゃりと玄関が開く音がした。

「レディ!はやくしないと、置いていくわよ!」

それに続いてそんなミイの声。バスケットを慌てて閉めつつ、いま行くー!と玄関に向かって叫んだ。
今日はみんなで食べ物を持ち寄ってピクニックをしようと昨日決めたのだ。
たしかミイはミムラのおねえさんから茶葉を分けてもらってくると言っていたはずだ。
バスケットを手に玄関に走ると紙袋を担いだミイがそわそわしながら待っていた。

「待ちくたびれちゃったわ」
「あらあら、ごめんねえ」
「先にひとつスコーン分けてくれたら許してあげる」
「ふふ、それはだめよ。さ、行きましょう」

ミイはちぇっと唇を尖らせたがすぐに笑ってじゃあかけっこでと家を飛び出した。今日も彼女は元気いっぱいだ。
わたしも慌ててドアを閉めると思い切り地面を蹴って駆けだした。そしてムーミン屋敷へ向かう道すがら、スニフを追い越した。彼はたしかおいしい黒パンのサンドイッチを持っているはず。

「あぁっ、レディ!ミイ!待って!」
「スニフ!追いついてみなさい!」

ミイは振り返らない。わたしも足をとめないまま振り返って叫んだ。

「先に行って待ってるわ!早くおいでよ!」

スニフの不満そうな声はあっという間にはるか後方へ消えた。しかし結局はミイにたどり着けないままムーミン屋敷への橋を渡ることになった。ちぇっ、このムーミン谷で彼女に追いつけるのはたぶんアリサくらいだ。

「ミイ!降参!」

そしてムーミン屋敷の前で高らかに笑う彼女に向かってそう言うと、諦めてゆっくり歩いて橋を渡ろうとした。そのとき、橋の傍にあるテントが目についた。口元に手を当てて叫ぶ。

「スナフキーン!いるー?」

すると彼がひょっこりとテントから顔を出した。珍しい、てっきりどこかへ出かけていると思った。計算外の嬉しさに橋の欄干から身を乗り出して彼を呼ぶ。

「いまからムーミン屋敷のお庭でパーティーするのよ、スナフキンもおいでよ!」

すると彼はすぐにテントから出てきてこちらに歩いてきた。
どうせみんな作りすぎなくらい食べ物を持ってくるのが常なのだ。ひとりくらい参加者が増えたってなんの問題もない。

「やあレディ、お招きありがとう。本当にいいのかい」
「いままで駄目だったことあるかしら、ムーミンたちもきっと喜ぶわ」

そういってふたりで笑った。そして屋敷の前にふたりでたどり着けばムーミンが扉を開けて出迎えてくれる。彼はスナフキンを見ると目を輝かせた。

「レディ、それにスナフキン!ぼく、今日はママに教わってキッシュを焼いてみたんだ。ぜひ食べてほしいな」

わたしはわくわくして頷く。しかしそれを聞いたスナフキンがハッとしたようにわたしのバスケットとムーミンをみていた言った。

「そうか、困ったな。ぼくは持ち寄れるものがない」

スナフキンが腕を組んで考え込んでしまった。なにを言っているのか。わたしとムーミンは顔を見合わせてにっこりと笑う。

「スナフキン、きみはいつもぼくたちにとびきり楽しい話をしてくれるじゃないか」
「そうよ、それじゃなきゃハーモニカで食後にぴったりなとびきり素敵な音楽も奏でられる。あなたにしか持ってこれないものはたくさんあるわ」

そしてスニフがやっと追いついた!と息を切らしながら駆け込んできた。もうひとつの扉からみいとフローレンが準備出来たわと顔を覗かせる。わたしたちもはやく行きましょう。そう言ってスナフキンの手をとると、フローレンがセットした今日のパーティー会場へと彼を引っ張って言った。


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