I love only you. 2/2

初めは好きだなんて思っていなかった。
むしろ苦手だと思っていたぐらいだ。だって何かにつけて死ねと言ってくるし、茉優が視界に映るのも嫌そうな顔をなさるから。
自分の夫のはずなのに夫婦のようなことは全くできず、女に権力がないのはわかっていたことだけどやはり少し悲しかった。大坂城に来て何日間泣いていただろうか。
だが立ち直れたのは、皮肉なことに三成様のおかげだった。
三成様のことを理解してみようと決め、こっそりあとをつけて観察していたときに三成様が鬼のようなお顔で振り返ってこう叫んだ。

『貴様は貴様でやることがあるだろう!無駄なことに時間を割くな!』

こう叫ばれた後にやはりまた死ねと仰ったけど、この時にわたしのやることとは何だろうと疑問を持ったのだ。わたしのやるべきこと、何をしにここに来たのか、何のために三成様と夫婦になったのか...。
三成様を支えるためだ。そう、わたしは三成様を支えるためにここに来たのだ。
そう気づけてもう世界が広がったように視界が晴れ、三成様を見る目も変わった。わたしも皆さまと一緒に三成様を支えて差し上げなくては、そう思うようになった。
それを気づかせてくれたのはほかでもない三成様なのだ。当の三成様は朝餉も食べぬし、いつ寝てるのかわからないぐらい四六時中起きて執務をなさったり剣技を研いたり挙句の果てには一日中部屋から出ないこともある。このお方は人間としての何かが欠如している、と気づいたときは少し衝撃を受けた。
だから茉優は頑張った。苦手な朝も頑張って起きて握り飯を三成様の自室前に置いておくことを習慣にすると、逆に朝早くに起きないことを不思議に思うようになった。
でも三成様にそのことを認知されてしまえばきっとものすごく怒られるだろうし、ここにそんなものを置くな死ねと言われるだろうからそのあとは少し自室に籠って皆様が動き始めるころに起きたように部屋を出るようにしている。
それが日課になってしまえば、苦なんてもうどこかに消えていて三成様の役に立てているのかもしれないという充実感で溢れていた。

だからその日もいつものように握り飯を三成様の自室前に置いておき、いつものように自室に少しだけこもった。そしていつものように自室を出て顔を洗いに行き、自分の朝餉を食べ、三成様を探す旅に出る。大坂城は太閤様の威厳を示すかのように厳つく大きくて広いので、三成様一人を探すのは難儀なことだ。
だが三成様を見つける前に、お客様が廊下で話しかけて来てくださったので立ち話をした。その方は同盟を結ぶために来てくださった方のようで無下には扱えず、凶王の御内室がこんなに美しい方だとは思わなかっただとかよろしければお茶をと断れぬ雰囲気になっていき結局断れず茶室に招くことになった。
三成様のお姿を見ないというのは心を決めてからは初めてのことで、大丈夫だろうかと無駄に心配をしてしまったのだが、次の日はすぐに見つかり誰に呼び止められるということもなかったので安心した。だがその日は何故か三成様は歩くのが速かった。

そのまた次の日、茉優は寝つきが悪かった。何だか何かが起きるような予感がして、それがいいものなのか悪いものなのかわからずもやもやしていたからあまり寝れなかったのだ。
だから静かにお城を徘徊して三成様の自室前に来たときに、室内が静かなことに少し驚いて様子を窺えば文机に頭を預けて眠ってらっしゃった。三成様が睡眠をしているのを初めて見て、感動して、でもこのままじゃ寒いだろうが布団に三成様を運ぶのは難しいから、自分が着ていた羽織を三成様にかけた。初めて勝手に部屋に入ってしまったけど、きっと大丈夫だ。この羽織が茉優の羽織だなんて三成様は気づかない。
そもそも名前だって覚えてもらっていないのだから。
そのあとも少し庭を見ながら廊下を歩いていたのだが、三成様が廊下の角から現れたのには驚いた。反射的に動くことができなくて思わず尻餅をついてしまったのだが、三成様の手に茉優の羽織があることが嬉しくて笑顔で立ちあがった。
だが三成様は暴言を吐いたと思えば悲しそうなお顔になったり思わず触れても驚きはしたが拒否はしなかったり、様子がおかしかった。もしかして病に身を侵されているのではと心配になるほどだ。

何度でも言うが、茉優は三成のことを愛している。
だから三成様の室内で襲われても別にいやな気持ちは全くなかった。むしろうれしくて、でも何も準備できていないから満足させることはできないかもしれないと思うほど。
だけど三成様はそんな茉優を見下ろしてまた悲しそうに顔をゆがめて――こんなことがあってもよいものか――涙を流された。
月明かりに照らされて落ちた一滴の涙は、それはもう美しくて初恋のような淡い感情が心を占めるほど胸がときめいた。
三成様は自分のことが分からないと、お前とどう接すればいいのか分からないと、心情を吐露してくださって、そんなことを思っていたなんて気づけなかったから自分を少し恨んだ。
だけどそれって、悲しいほど綺麗な感情だと思うのだ。朧げな期待を抱いて、もしかしてわたしたちは想いが通じ合っているのかもしれないと思った。複雑な思考回路を持っている三成様のことだから、この感情に気づくのだって難しいのだろう。
愛していると言えば三成様はまたお泣きになられそうになって、だから三成様もそのお気持ちに嘘はつかないでください、と言えば今度は苦しそうなお顔になった。
思わず口づけをして抱き着いて、それでも突き飛ばさないことに感動を覚えて泣きそうになり、また思わず嫌ですか?と聞けば構わない、と三成様は仰った。
もう、幸せで、多幸感に包まれているようで、このまま二人ずっと一緒にいたいと思った。
だから茉優は、今度は名前を覚えてもらおうと決めた。






やあ、と笑った声はどこかで聞いたことのある声で、だけど茉優は意識が朦朧としていてそれが誰なのかはっきり思い出すことが出来なかった。記憶を思い出そうとするのだが脳内に霧がかかっているようで目をはっきりと開けることも出来ない。
地面が揺れているように視界がどんどんずれていく。その際に誰かの足が見えた。誰の足だろう。でもあれは....。



茉優は三成様の部屋に行くのを躊躇っていた。
あの夜以来顔を合わせるたびにあの夜のことを思い出してしまい、二人はうまく話すことができていない。それはさながら初恋のようで、目も合わせられないし、口だってうまく聞けないし、結婚をしている二人なのになんだかおかしな話だ。
でもやはり握り飯は置いておかなければ。もう習慣になっていたからそれをやめるというのは自分の心が曇る。よし、とゆっくり立ちあがって厨房に向かった。
まだ誰もいない厨房で一人米を握り、それを皿に置いてふぅ、と軽い息をついた。まだ一日は始まったばかりだというのに、何故だろう、なんだか少し疲れている。茉優は目頭を押さえた。目の奥が熱い気がしたのだ。
そういえば今日は何だか起きるのがいつもより遅かった気がする。なんでだろう、なんだか頭も痛むし胸が痛いわ...。それに喉も痛い。具合が悪いのかもしれない。
曖昧で、不安定な思考しか頭に浮かばないのは何故だ。それに立っているのも...。茉優はしゃがんだ。何かがおかしい。
横に誰か立っていることに気づいたのは、その人が茉優に話しかけてきたことで茉優が顔を上げたからだった。

「こんにちは。凶王の御内室様」

ねっとりとした声がかけられて、こんにちは、今日はお日柄もよく、と声に出そうとしたのだけど喉が焼けるように痛くて声が出せなかった。そもそもまだ朝日も出ていない時間なのだからお日柄がいいのかすらわからないし。
どこかで聞いたことのある声だ。顔を上げているはずなのにその人の顔までは見えないし、誰なのか分からない。でもここにこの人がいるのはおかしいということだけはわかる。
汗がじわりじわりと出てきた。膝を抱えていた腕を優しく掴まれて無理やり立たされた。立つことさえ辛くて、このままここで眠ってしまいたかったのだから体はもうふらふらしていてその人に抱き着く形で何とか立てた。
ぐらぐら揺れている脳内でやっと気づいたのが、自分の体が震えて揺れていることだった。体が熱い。どうにかなりそうだ。





見たことのある足だ。そう、どこかで見たのよ。でもそれがはっきりと思いだせない。記憶をたどっていけば絶対にわかる。だって最近見た足だもの。
その足が近づいてきて、土の匂いが鼻をくすぐった。なんで土がこんなに近くにあるのだろう。それにすこし視界が眩しい。
何度も緩慢な動きで瞬きをして状況を理解しようと努力した。
手足を縛られて小屋に放られていることなんて今の茉優には理解できない。そもそもまだ自分のことを正常だと思っているのだから理解できるはずもなかった。
だがだんだんと自分の頭がおかしくなってしまったの、かもしれない...、とは思っていた。どうしても思い出せない。断片的にしか過去のことを思い出せない。頭の中を誰かに握られているように痛むし、実際にそうやられているから思い出せないのかもしれない。
さっきまで何をしていた? 厨房にいて、確か米を握っていた。何のために? まさか自分が食べたがっていたのだろうか。いや、そんなはずは...。これ以上肥えたくないのだし。
考えなきゃいけないことは沢山あるのに、こういうときに限って余計なことを考えてしまうのは何故なのだろうか。
気分はどうだい?と誰かが聞いた。ええ、最悪。だって何だか眠たいし。思っていることを口には出せず、はくはくと口を動かすだけになった。目の前にいる誰かは何と受け取ったのだろうか。分からないけれど、とりあえず寝かせて。
そう願っているとその誰かはゆっくりと茉優から離れて、どこかに行った。眩しかったのに一気に暗くなったことに驚いて、やっとここはどこだ?と思った。
"何で暗くなったの? ここはどこ? ここに一人で、何をしているのかしら、茉優。"
一人? 茉優は瞬きをした。そしてやっと、古そうな戸が少し離れたところにあることに気が付く。その戸の横には...いや駄目だ、暗くて見えにくい。
動かなきゃ、そう思い動こうとしたのだが手も足も動かない。まるで固まってしまったようだ。
真っ暗な狭い室内で一人、動けずにいる。そのことを把握すると恐怖が体を占めた。頭もまだ痛いし何をすればいいのかもわからないけど、ただひたすらに怖い。これは夢なのではないか、と馬鹿なことを思った。だが夢なわけがなかった。
地面がこんなに冷たい。

頭がおかしくなりそうだった。意識がはっきりとしてしまったから、その人の行動に対して単純に憂虞してしまうのだ。
その人が先日お客人として大坂城に来ていた人だとわかった時に、すべて仕組まれていたのかとわかった。茶を一緒に飲んでいたときに、無駄なことを話してしまった気がする。例えば、わたし毎朝三成様のために早く起きてるんです、とか。
それに、何か寝る前にした気がする。誰かに布を貰ったのだ。それから嫌な香りがして、それで...。思いだせなかった。
ただわかった。同盟を結びに来たこの人は、きっと豊臣より有利に立ちたいから三成様の嫁御前である茉優を攫ったのだと。なんて馬鹿なんだろう自分は。三成様の役に立つどころの話ではないではないか。
意識はちゃんとあるのだが、思いだせないことが多々あるということはまた何かの薬を飲まされているのだろうか。食べろといわれている飯にも水にも口をつけていないから分からない。この男はどうやって茉優の頭を支配しているのだろう。
茉優が正常になるも異常になるも、この男の手にかかっているのだ。それが怖くてたまらない。別に、殺されてもいい。殺されたほうがいい。こんな馬鹿な結果になって三成様に合わす顔がないから。でも、狂っていくのは怖すぎる。
今は狂っている途中なのだ。だから余計に怖い。

「嬲ってもいいのですが、それではつまらないですよね(それ以外は認めないという言い方だ)。」
「.....」
「だって貴方、まだ生娘のようですし...。かわいそうに、こんなことになって(この世のすべてに慈悲を与えるかのような言い方)。」
「.....」
「すべてがうまくいったらちゃんと凶王のもとに返します。安心していいのですよ。只まあ、五体満足は期待しないでくださいね...(申し訳ない、心からそう思っている言い方)。」

気持ち悪い。気持ち悪い。そう思った。
ねっとりとした声は変わらないが、自分の中で燻る熱が抑えられないようだ。馬鹿みたいな男。
これで茉優が何か反抗することを言えばすぐに逆上して怒鳴りつけて喚くのだろう。なんて阿呆なのだろう。そしてその阿呆に捕まった茉優はもっと阿呆だ。
"ああ、早く殺してくれればいいのに...。"
そろそろ飢えで死ぬかもしれないし、猿轡はされていないのだから舌を噛み千切ったら死ねる。じゃあ何でそれをしないのかと聞かれたら、あまり認めたくないことだが...期待していた。助けが来るんじゃないかと。

月が爛々と輝いているのが小窓から見えた。小窓の奥には林にあるような木の先端がかろうじて見える。もしかしたらここは林にあるのかもしれない。
茉優はため息をつきたかった。でもその体力も気力もなくて、腹は飢えをずっと訴えているし、少しぐらいは我慢できないのと人ごとのように思った。
この世に神なんていないんだわ、とあの長髪の僧侶を思い出しながら心の中で呟く。いつかに会った小早川様の隣にいたあの僧...。神は貴方のことをいつでも見守っていて、助けてくれる。と言っていた。そのあとに、かもしれませんね、と目尻を釣り上げて笑っていた。
神なんていないじゃない。どこにいるというの? 助けてよ、いるのなら。
投げやりになっていた。普段の茉優は朗らかで陽気で、いつでも笑っていることのできる女だが、今はそんなことできそうにない。飢えて、いつ死ぬか分からず、いつ狂うか分からず、いつ殺されるか分からず...。もう、こんな醜い考えを持っている自分が嫌になった。三成様にもう一度だけでいいからお目にかかりたい。そう思うのに、会いたくない。とも思っている。見られたくないのほうが正しいだろうか。

それなのにどうして、と今度こそ口に出した。
だが聞いていないようだ、助けに来てくださった三成様は。
頭から血を浴びたように肌を血に染めて、愛用している刀を握っている三成様。そして戸を開けた瞬間に茉優、と呟いた。名前を覚えていたことに驚き、三成様、と返せば、刀を放ってこちらに駆けてくださる。
血に塗れた手で抱き起して、そのまま勢いよく抱きしめてくださった。血の匂いが本当に酷くて、正直吐きそうになったが吐く物が胃の中にはない。そんなことより微かに香る三成様の匂いに頼っていたくて、頭を三成様の肩に預けた。
確かめるように何度も名前を呼んで、嗚咽を漏らしている三成様はどうやら泣いているようだ。茉優だって安心していて、会えたことがうれしくて、泣きたかったが涙も出せないくらい憔悴しきっているから泣けなかった。それに、また会えたことに驚いているから余計に。
ごめんなさい、と掠れた声が出た。攫われてごめんなさい、迷惑かけてごめんなさい、いろんな意味を含めた謝罪だ。
だが三成様は茉優の顔を覗き込むと、また表情を崩して泣いた。そして口吸いをしてくださったのだ。三成様の口は温かくて、血の味も少しだけした。



攫われたことに気づいたのは、厨房に作り終わった握り飯と羽織が落ちていたことが原因だったそうだ。
それを教えてくださったのは大谷様と島様で、茉優が城にいないとわかったときの三成様はそれはもう見ていられなかったらしい。嬉しいような気の毒なような、複雑な気持ちになる。
あのあと抱きしめられたまま茉優が気を失ってしまったので、三成様は今度こそ茉優が死んだのだと思ったらしい。後ろから慌ててやってきた島様が(この方ももれなく血まみれ)死んでないっすよ、早く運ばなきゃと急かしてくれたおかげで茉優はこうして大谷様の部屋で茶を飲むことができている。

「調子はどうなんすか? どっか怪我とかは...」
「怪我はしてないし元気です。心配かけてごめんなさい」
「いやー、元気ならいいんすよ。三成様も元に戻ったし?」
「元に戻ったと言えるのかわれには分からぬがな」

そう、大谷様の言う通りだ。
三成様は事あるごとに茉優を心配してくださる。ありがたいし嬉しいのだけど、別に厠とか入浴の際までついてこようとしなくてもいいし、三成様が執務の時でさえ茉優は三成様の隣にいなければならないのもおかしいと思う。庭の散策だって三成様とご一緒じゃなければ駄目だし、本当はこのお二人といることでさえ三成様は気に障るようだ。
極端に過保護になった。ありえない変化だ。

「三成様もさぁ、もっと、なんていうのかな? 好きってちゃんと言えばいいのにね。せっかく二人は夫婦なわけだし」
「そ、それは恥ずかしゅうございます...」
「照れてるー!茉優様かわいー」

いや...三成様に好きだなんて言われたらもうどこかに駆けだしたくなってしまうほどには冷静さを保ってはいられないだろう。今だって言われてないのに恥ずかしい。
松風を口に含んで島様は笑っておられるが、大谷様は気づいたようだ。ぬらり、と大谷様の部屋に入ってきた三成様が刀を抜こうとしていることに。慌てて島様に覆いかぶさってだめです、いけませんと言うと三成様は舌打ちをして刀を収めた。
島様は茉優から顔を出して後ろを見てようやっと現状に気づいたようだ。やべえ、と呟いてささっと大谷様の後ろに逃げてしまった。
茉優は三成様を見上げて、「三成様もご一緒にいかがですか」とお茶に誘った。目線をきょろきょろとさせて悩んでいたようだが、諦めて三成様は茉優の横に座った。
じゃあ松風を取ってきますね、と入れ替わりで立ちあがろうとしたのだが三成様に腕を掴まれて引き寄せられた。三成様の横に手をついて、かなり顔が近いことに恥ずかしく思いながらも微笑みながら首をかしげる。
ゆっくりと顔が近づいて、耳元にぴったりと三成様の口が付いた。
そして次の瞬間茉優は思い切り立ちあがって駆けだした。
だから言ったじゃないか。"好き"だなんて言われたら駆けだしてしまうって。
うわーん、と赤い顔を隠すように両手で覆って、はしたないと思いながらも全力で廊下を駆けた。




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(書いた本人が一番キャーとなっている)

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