The truth is always one 1/2

見るたびに憂鬱になるものがある。それは人によって様々だと思うが、三成にとっては起床して廊下に出たときに置いてある、握り飯だ。
今朝もそれが置いてあり、蹴り飛ばしたい衝動に駆られるも我慢しそのまま通り過ぎた。
存外眠りからほど遠い三成という男は人間に必要な睡眠時間の半分程しか眠りにつけず、起床時間も城の誰よりも早いはずなのだが、この握り飯を握っている人物は必ず三成が起床する前に握り飯を置いておく。
それが誰の仕業なのか、何故なのか、分かっているのだが、理解したくない。意味が分からないのだ。だって、普段から虐げられている人物に、飯を献上するなど…分かるはずもないだろう。
飯だけではない。皆々が起床する時間に起床したかのように目をこすりながら部屋から出てきて、三成を見かけると顔を明るくして挨拶をしてくる(それに対して三成は無視を決め込むか、煩い!と大声で怒鳴る)。そのあと自分の身支度を済ませたら、三成の後について何か三成が困るとすぐに助けてくる。
お前の助けなどいるか、お前など…。だがその頃になっているともうすっかり三成も対処に疲れてしまって、好きにさせている。

今日もそうだ。目の前にいる女は、笑顔で挨拶をしてくる。煩いと一蹴して、殴りたい気分だったが叱咤だけでとどめて女の横を通り過ぎた。そのあと女は顔を洗いに行って着替えて飯を食ってまた三成の前に現れるだろう。毎日そうなのだから、予想をしなくてもわかる。
何故自分が興味のない嫁にそんなことをされなければならない。だから嫁などいらないと、言ったのに。


だが三成のその予想は大きく外れることになる。女が三成の前に現れないのだ。いつもなら朝食を運んでくるのに…そして大きな声で食べてくださいと言うのに…、何故。
いや、どうでもいいことだ。むしろいないほうが有難い。鬱陶しい女がいないことで自分が職務が出来るのだから。
そうやって職務に手がつかぬままどのくらい経っただろうか。考えたくもない。
目の前には積もった紙と乾いた墨…。文机を張り倒したくなったが何とか堪えて、なんで自分はここまで怒っているのか考えた。が、やはりそれよりも怒りが勝って三成は乱暴に立ち上がると乱暴に襖を開け乱暴に廊下を歩きだした。
だが廊下に出たからといって三成の怒りが治まるかといえば否で、廊下には何も三成の怒りを鎮めるものがないどころか三成は元々怒ったらすぐには元に戻らないのだから難儀だ。そもそも三成はいつも何かに怒っているし。
自分は今何に対して怒っているのだろう。あの女が習慣を狂わせたからか? そう言ってみればそうかもしれない。だがもっと、何と言うのだろうか…怒りではなく…。三成は言葉が出てこなかった。言葉が出てこないと言うよりは自分の気持ちが分からない。怒りでないとしたらこれはなんだ?
それが分かっていたら苦労しないのだ。
ずんずんと廊下を進んでいてもやはり意味がないことにはわかっていたので、自分にも怒りを感じながら部屋へ戻ろうとしたときに廊下の隅に誰かがいることに気が付いた。
三成が秀吉、半兵衛、刑部、左近以外の人間を認識するのは極稀なので、なんで自分は立ち止まっているんだと不思議に思いながらも凝視したら、何とその人物はあの女だった。微笑みながら何をしているのだ…。無意識に三成はまた足を進めていることに自身は気づいていない。
やっと足を止めたのは女がなにをしているのか分かった時だった。
あの女は三成の知らない男に微笑んでいた。女の笑顔を見た瞬間に頭の後ろ側が妙に締め付けられるような、胸の内が締め付けられるような、そんな感覚に陥った。三成は何故かわからないが、とんでもない無力感を味わっていた。
自分が吸った息の音を聞いて我に返り少し動揺しながら元の道を戻ったが、後ろが気になって仕方ないのはなぜなのだろうか。
何をこんなに失望しているのだ。訳が分からない。
わかる気もない、と言い切れないのは何でだ。あの女が男に笑いかけていただけじゃないか。
あいつはよく笑っているし(何も面白いことなど起きていないのに)、自分と違って人望だってある。それの何が、いけないことなんだ。
じゃあ何で自分はこんなに、泣きたくなっているのだろうか。




鳥が静かに鳴いてる音に気が付いて三成は目を開けた。
文机に預けていた頭を起こし、瞬きを何度かするとだんだんと目が冴えてきた。いつの間にか眠っていたらしい。そういえば一昨日は"あのあと"一睡もできなかったのだ。
もう明かりがないので夜になってしまったようだと独り言ちながら、重い肩を回そうとしたときに自分の肩に何かが掛かっていることに気が付く。
それを取ってまじまじと見つめてみれば、女の羽織だった。無駄に豪勢な羽織、これは誰のだ。そもそも誰がこんな迷惑なことを…。
羽織を握りしめ思い出そうとしたが、やはり無理だった。男はまだしも女など知るか。
三成の部屋に勝手に入ってくると言ったら、刑部、左近……。二人がこんな羽織を持っていた覚えはない。だったら…、…あの女は勝手に部屋に入らない。
いつもそうだ。近寄ってくるくせに無駄には近づいてこないし、部屋に勝手に入ったりもしない。好き勝手にしてるくせに一線を引いているような感じがしていた、いつも。
そのことを思い出して凄まじい怒りに駆られた。盛大に舌打ちをして羽織を放り投げると、羽織は壁に当たって無様に畳に落ちた。
どこかで見たことがある羽織なのに、思い出せない。
いったい誰の羽織なのだろうか。
とりあえず三成は立ち上がって少しだけ背筋を伸ばした。そして部屋から出ようとするも、一瞬立ち止まって踵を返し羽織を拾う。数秒羽織を見つめてまた舌打ちをし、今度こそ部屋から出た。


静まり返った城内は月明かりに照らされてどこか神秘的な雰囲気を出しているが、三成はそんなこと塵ほども思わない。
ずんずんと廊下を進んで、女中がいつも洗濯をするときに使う部屋に向かって羽織を置いておこうと考えていた。それ以外にどうすればいいのか見当もつかない。
この後何をするか考えて、まだ片付けていない執務を思い出したのでそれを片づけてしまおうと決めた。この時までは、三成の脳内は至って平穏だった。
角を曲がろうとしたときに何かにぶつかった。人だと気づいて少し苛立ち尻餅をついている人間を見下すが、それがあの女だということに気が付いて血の気が引いた。何でここにいるんだ。

「あ…三成様」

また馬鹿みたいに(いや実際馬鹿だ)笑って立ち上がった女にどう返答すればいいのか迷い、結局煩いと呻る。
女は羽織を指さして嬉しそうにますます笑っているが、何だか三成は怖くなって羽織を持つ手を少しだけ揺らした。

「それ気づいたんですね。文机なんかで眠ってらっしゃるからてっきり寒いと思って」

斬られてないみたいで安心しました、と微笑む女の顔をまともに見ることができなかった。
この女の羽織だと? いや…そうだ。どこかで見たことあると思っていたが、この羽織は女が愛用している羽織。だから三成も少しだけ記憶にとどめていたのだ。
自分がこの女の羽織に包まれて眠っていた? と、どうも信じられず、自分を殺したくなった。
女が勝手に部屋に入ったことなんて最早どうでもよく、気づけなかった自分に、自分に羽織をかけた女に、怒りを感じている。
毎回思っているが、自分は何に対して怒っているのだろう。今は何に怒っているのかわかっている。わかっているが、明確な理由がはっきりとしない。今回のことだけで、胃の中が熱くなるような、目のふちが熱くなるような怒りを三成は知らない。
もっと違うことに対して怒りを感じているはずなのに、それがわからない。原因は目の前にいる女なのに、何もわからない。
三成は吐き気を催していた。だが何とか我慢して、羽織を女に手渡した。それを受け取った女は少しだけ三成様の匂いがします、と笑っている。
耐えられない。何に対してかわからない。それに対しても耐えられない。
この女に、耐えられない。
自分の腕が女に触れようとしていることに気が付いて、慌ててその手をもう片方の手で握った。そして女を見つめるが、女は不思議そうにこちらを見ている。

「離れろ…今すぐに目の前から消えろ」

低い声が言い放った言葉に女は驚いているようだった。いつも消えろだの死ねだの言ってるのに今更、と思ったが、確かに今の自分はものすごく醜く映っているのかもしれない。
女は少し動揺していたが、やがて首を傾げて心配そうにしている。離れろと言っているのが、聞こえていなかったのか。

「三成様、その…具合が悪いのではございません? 少し顔色が…」
「消えろと言っているだろうが! 貴様は、」
「ま、待ってください! 夜中ですのでお静かになさいませんと皆様の目が覚めてしまいます…」

そんなことどうでもいい!と怒鳴ろうとしたのだが女が慌てて三成の口に手を当てて止めてきたので言えずじまいになった。
だがそんなことより、女が自分に触れていることに戸惑いを隠せず動けなくなってしまった。女はまた慌てて口から手を離したが、気まずそうに苦笑している。
ぽつりと頭の中でつぶやいたことが、『なんだ、触れられても何も嫌な気はしないじゃないか』だった。
そう思っていることに自分でも自分を疑い、だがそれは事実で、それもまた三成を混乱させる要因となった。この女に自分は気を許しているのだろうか。
分からないことだらけだ。今、何故自分が女の腕をつかんでいるのかとか。


三成はこうと決めたら曲がらない人間だ。その意思を持ったまま突き進んでしまうし、絶対にほかの意見など認めない。例外があるとすればそれは秀吉か半兵衛が言った時だけだ。
だから三成が私を困らせるこの女を滅茶苦茶にしてしまいたいと思ってしまったのだから、時はすでに遅かったのだ。破壊衝動というやつかもしれない。
女を自室に引っ張って連れて行き、話もせずに襲った。口吸いを無理矢理して着物を脱がしていくとき女は、恥ずかしそうに俯いてろくに抵抗もしなかったのだが、それはどういう意味なのかはっきりとしない。いいのだろうかこのまましても、と思ったが、今自分はこの女を壊してやりたいのだと思いだした。
わけもわからず、このまま襲ってはいけないと何故か思った。わからない。何を思ってこの女は三成を好きにさせているのか。

「三成様...」
「やめろ、それ以上もう...やめてくれ」

熱っぽい声が自分の名を呼んでいることに心臓が痛んで、三成は女の体から離れた。
この女は三成をどうしたいのだろう。こんなに胸の内をかき乱して、荒らして...。もう普段の自分には戻れそうにない。だって女の顔を見上げた弾みに、涙が一筋だけ零れた。
訳が分からないのだ、そう呟くと女は何がですか?と優しい声で聞いた。それに対してどう説明すればいいのか、どこから説明すればいいのか悩む。

「...お前を見ると、自分が自分ではいられなくなる。お前に対して怒りを感じているのか、それとも違う何かなのか、全く分からない。だから...お前とどう接すればいいのか...」

はっきりとした声でそう言った三成に女は目を丸くしている。確かに少し言い過ぎた部分もあるかもしれないと少しだけ後悔した。
だがもうここまできてしまえば、幻滅されようが心が離れようがどうでもよかった。むしろ嫌われたほうが自分も落ち着くのではと思うほどだ。
女は少し悩んだ様子で、俯いた。そして不意に顔をあげ、三成の顔を掴んで柔らかい唇を三成の唇に押し付けてきた。
一回りほど小さい手が頬に触れているが、その手が妙に熱い気がする。だがそれは間違いで、自分の顔が赤くなって熱いと感じているのだった。
ゆっくりと離れていく顔が、間近で見てみると睫毛が長いんだなとか余計なことに気づいてしまうくらいには美しかった。

「...三成様、聞いてください」
「....あ、ああ。今なら何でも聞いてやる」
「わたくし、三成様のことを深く愛しております。それはもう、海よりも深く」

だから三成様もそのお気持ちに嘘はつかないでください。
そう言った女は三成の目の前で微笑んだ。それを見てまた心臓が痛んだ。泣きたくなるくらいに綺麗だ。
この気持ちに嘘をつかない、というのはどういうことだ。まだこの気持ちがはっきりとわかっていないのにそう言われても困る。どうやって表現すれば答えは出るのだ。
二人とも黙ったので室内に沈黙が走り、女が息をのむ声に余計驚いた。

「...失礼します」

そう言ったと思ったら女は三成に抱き着いてきた。
実際そんなことはないのだが足先が冷えているような感覚に陥り、それに反して心臓がありえないほど煩く脈打っている。女に勘付かれていないだろうか。
どうすればいいのかもわからず、抱きしめ返せばいいのか、突き放せばいいのか、そんなことを考えながら唇を噛み締めた。
ただやはり、嫌な気にはならない。むしろ、これは、なんていうのだろう...喜ばしい?

「嫌ですか。三成様」
「っ、.....構わん...」

苦し紛れな声が出て恥ずかしくなっていたのだが、女は顔を上げるとまた微笑んでもっと抱き着いてくる。また心臓が締め付けられて、苦しくて息もできないほどなのに、何故こんなに心情は喜々としているのだ。いや...段々とわかってきた。自分は、この女に気を許している。
それを認めたくなかったのかもしれない。だから認めない、とこの感情に蓋を無理矢理していたのだ。
だがその蓋を、この女はあっさりととってしまった。しかも笑顔付きでだ。
だがそれでよかったのだろう。自分の気持ちに気づかぬまま過ごしていれば、いつかは本当に女を傷つけていた。それが真実となる前に阻止することができて本当に良かった。だってこの女が傷つくところを、三成は見たくないからだ。




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(予定以上に長くなったので一旦分割します 次でおしまいです!)

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