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〈綱手の姉さん泣いてたぜ。そんで、お前に“ありがとう”だってよ〉
雨隠れでヨクの背を見送ってから早四日。
アジトでぼーっと過ごしていると頭の中に聞こえてきたヨクのそんな声。そっか、ちゃんとお別れできたんだね綱手様。よかった。
〈ありがとうヨク。お疲れ様〉
〈おう。それからよ、まだ伝言はあってな〉
〈なに?〉
〈…“早く帰って来い”、だとよ〉
〈お前、いつ木ノ葉に帰るんだよ〉
そんなヨクの声に乾いた笑い声しか返せなかった。
いつかぁ、いつなんだろうなぁ。
そんな日は来るのか、なんて。そんな風に思うこともあった。
来る日も来る日も、帰りたいと思っていた。
大切な仲間に囲まれる、優しい風の薫るあの里へ。
〈いつまでも意地はってっと、そのままになっちまうぜ〉
〈…わかってるよ〉
〈カカシに会いたくねぇのか?〉
〈…〉
見透かしたようにそういう頭の中のヨクの声。
〈お前ってよ、バカなくせにいろいろ背負っちまうしよ。誰かに言っちまってもいいことまで自分ひとりで抱え込んじまうんだよな〉
〈…〉
〈自分の気持ちなんていつだって後回し、他人のことばっか気にしてよ。たまには自分の気持ちに素直になっても…〉
〈…なったよ〉
〈!〉
〈もう言っちゃったんだ、カカシに〉
〈助けてって〉
そう続けた言葉にずっと響いていたヨクの声が止まった。
正直に気持ちのまま言葉にするのは難しかったけど、でもそれはカカシにだから言えたことで。リスクも承知で私なんかのために動き回ってくれてるカカシにだから、言えた。悔いはない。
〈ね、ヨク〉
〈あ?〉
〈素直になるって、こんなにすっきりするんだね〉
〈…ったりまえだろ〉
〈やっと気づいたか、バカ〉
ふっ、と笑ったヨクの顔が目に浮かんで自然とまた気持ちが軽くなった。
ヨクは私以上に私のことを知ってる。多分、私がカカシを好きだってこともずっと昔から気づいてた。でもそれは自分で気づくことだって教えてくれなかったんだろう。それがヨクの優しさだ。
〈それで、いつだよ〉
〈…近いうちだよ、近いうち。まだ気になることもあるしね〉
〈うちはサスケか?〉
〈うん、さすがヨク〉
まだつっかえが取れていないそんな私の胸の中。
そのつっかえはきっと、サスケの今後のことで。
〈お前が心配することじゃねぇだろ。うちはサスケにはうずまきナルトがいる〉
〈そうなんだけどね、でもナルトにも出来ないことはきっとあるんだよ。ほら、あの子真っ直ぐだけどちょっと不器用だしさ。私にしか出来ないことがあるはずだから〉
〈…そうか。まあ、あれだ〉
〈ん?〉
〈…無理、すんなよ〉
〈はは。ありがと、ヨク〉
それじゃあね、と頭の中の声を切った。
いつ帰る、かぁ。ほんとにいつになるんだろう。明日のような気もするしまだまだな気もする。でも、気になるのはそれだけじゃない。他にも気になることがまた出来た。そんなことを考えていると、ふと気づいた。
「…今日、やけに静かじゃない?」
暁のメンバーは最初の頃に比べてずいぶんと減った。
サソリにデイダラ、飛段と角都、それから…イタチくんも。今残っているのはリーダーのペインに小南、干柿鬼鮫に白黒ゼツと、そしてマダラ。それでもいつも何かしら話し声ってのが聞こえたけど今日は全く聞こえない。
さすがに不審に思ってそっと部屋の外へ出る。
廊下をゆっくりと気配を探りながら歩いていると、ある一室から聞こえてきた声に耳を疑った。
「まさか、リーダー直々に九尾を狩りに行くとは思いもしませんでしたねェ」
ペインが、九尾を狩りに…?
ってことは木ノ葉に――
気づいた時には声が聞こえた部屋に乗り込んで干柿鬼鮫の胸ぐらを掴んでいた。
「おやおや、ユウナさん。これまた手荒な挨拶ですねェ」
「…いつ行った」
「はい?」
「……ペインは、いつ行った」
自分でも驚くほど冷たい瞳を奴に向ける。
「ユウナ、お、落ち着い…」
「白ゼツてめぇは黙ってろ」
「…っ」
「おい、いつだ…いつ行った!!」
そう声を荒げると、奴はニ日ほど前だとやっと口を割った。
ニ日前…ってことはまだ間に合うか。ここから木ノ葉まで忍の足で三日、でもヨクに乗って全力で飛ばせば一日ちょっとで着く。どっちにしろぎりぎりだ、迷ってる時間はない。
胸ぐらを掴んでいた手を乱暴に払い外に向かって走り出す。
「ユウナさん、綱手さんはどうなってもいいんですか?」
顔を見なくてもにたにたと笑っているのがわかる干柿鬼鮫の声。昔の私ならそれだけで足がすくんで動けなかっただろう。
でも、今は違う。
「先に約束破ったのはあんたたちの方だからね、交渉決裂」
私には、心から信頼できる仲間がいるから。きっと綱手様は大丈夫。
身につけていたマントを放り投げ再び足を進めた。
待ってて、みんな。
私の天秤に載るな