「お祭り、行ってるのかな」


休みの午後。
溜まっていた洗濯物や部屋の掃除、片付け。やらなきゃいけないこと全部終わらせて、珈琲を片手にやっと一息ついたのはもう夕暮れ時だった。

昨日、カカシに告白された。ずっと好きだった、付き合ってほしいって。
本当に嬉しかった。カカシに片想いをしてもう何年になるだろう。同期として入社した日以来、私はこの想いをずっと胸に秘めている。けれど私は、少しだけ考える時間をがほしいとカカシに伝えた。

なぜなら、私の親友も、カカシのことが好きだから。

カカシくんと週末のお祭りに行くの。
先日そう笑んだ彼女の顔が今も目に浮かぶ。勇気を出して誘ったらオーケーしてくれたってすごく幸せそうだった。だから私は、返事を保留した。そこではっきり否と答えられなかったのは、この長い間、気持ちを拗らせ続けた結果だ。

彼女は、私の片想いを知らない。けれど私は知っている。彼女からカカシを好きだと聞く少し前に、私は自分の気持ちを自覚した。だから黙っていようと思った。親友である彼女の恋を応援しようと思ったんだ。


時計を見ると、もうすぐ花火が上がる時間。
私の家からは正面のビルが影になって見えないけれど、聞こえてくる破裂音や漏れた光だけでも楽しめるだろう。

私もお祭りに行きたかったけれど、今年は諦めることにした。人混みがそもそも好きじゃないのもあるし、なにより、二人が仲良さげに歩いている姿なんて見ていられない。彼女の恋を応援すると決めたものの、カカシは私に気持ちを伝えてくれた。卑しい私の性格が、少し優越感を感じているが本当に嫌だ。


「考えるのはやめよう」


そう独り言ち、珈琲を口に含んだ私の耳に、スマホの着信音が響いた。画面には親友の名が。なんだか嫌な予感がして、深呼吸をしてから気持ち震える指で電話をとった。


「…もしもし」
『もしもし、チハル? 今、平気?』
「うん、どうしたの?」
『単刀直入に言うよ。私ね、カカシくんに告白したんだ』
「……どうなった?」
『うん、あのね、』


電話口の彼女の声が、少し鼻にかかっているように感じるのは気のせいだろうか。









『それじゃあ、またね』


そう言って電話を切ったあとも、スマホの画面を見つめるしかできなかった。彼女の言葉をなんとか理解しようと頭をフル回転させる。なんとなく窓の外を見ると、いつのまにか雨が降っている。それが今の私の心情を表しているようで、なんだか泣きたくなった。

そんな私の耳に次に飛び込んできたのは、聞き慣れたインターフォンの音。それどころじゃないのになと思いつつ嫌な予感がして通話を押すと、画面に映し出されるのは、今一番会いたくなかった人。


「……今、開ける」


そう言ってオートロックを解除してしばらく、今度は家のインターフォンが鳴ってゆっくりと扉を開くと、そこにいたのは、びしょ濡れのカカシ。


「ちょっ、びしょ濡れじゃん! 待ってて、今タオル…」
「後でいいよ」
「ダメだって、風邪ひくでしょ! すぐ持ってくるから…」
「後でいいから、今、聞いて」


洗面所に向かおうと背を向けた私に、いっぱいいっぱいのような声で腕を掴むカカシ。恐る恐る振り向くと、少し熱を孕んだような潤んだ二つの瞳が、私を真っ直ぐに見据えている。


「……昨日」
「!」
「俺、おまえに気持ち伝えたよね」
「……うん」
「おまえが待ってくれって言うからずっと待つつもりでいたんだけど、」
「…っ」
「もう、待てないんだ」
「!?」


そう言って掴まれた腕を引かれた私は、そのままぽすりとカカシの胸に飛び込んだ。


「俺と、付き合ってほしい」
「っ、」
「あの子にもう、聞いたんでしょ?」
「…」
「……返事を、聞かせて」


私の肩に顔を埋めてきつく抱きしめ、そう言うカカシの声は、か弱く震えていた。


『ふられちゃった』

そんな私の頭の中には、先程聞いた親友の、そんな言葉がぐるぐると回っていた。

『カカシくんに、好きだって、付き合ってほしいって言ったんだ』
「…そう、なんだ」
『そしたらカカシくん、好きな人がいるんだって』
「…」
『その人にもう気持ちを伝えてるから、私とは付き合えないって』
「…」
『もしふられたとしても、カカシくんはその人しか見れないんだって』
「…っ」

ねぇ、チハルと、彼女は強がったような声で私の名を呼んだ。

『チハルも、カカシくんのこと、好きなんでしょ?』
「!」
『そしてきっと、カカシくんの好きな人は、チハルなんでしょ』
「…っ」
『……やっぱりそっかぁ。私、チハルとカカシくんって、凄くお似合いだと思うよ』
「……ねぇ、」
『私たち本当趣味合うけどさ、まさか好きな人まで一緒になるなんて思ってもみなかったよ』
「待って、話を…」
『でも、勘違いしないでほしいの』
「……え?」
『私がふられたからって、そんな理由でカカシくんをふるなんて、絶対しちゃだめだからね』
「!?」
『きっと今、カカシくんはチハルに会いに行ってると思う。そんな気がするんだ。…だから、チハル』
「…っ」

『幸せになんなさい!カカシくんに、幸せにしてもらうこと!』


そう言ってきっと泣きながら笑んでいるんだろう彼女の気持ちを思うと、胸が張り裂けそうだった。だから、私はスマホから手が離せなかった。

親友と同じ人を好きになって、親友がふられて、私が告白される。そんな漫画みたいなことが自分の身に起こるなんて、思えるはずがない。

けれど、私を抱きしめたまま離さないカカシは、どんどんとその力を強めていく。それがまるで、離さない、離してたまるもんかと、そんなカカシの気持ちにすら思えてくるからやるせなくなる。


逃げちゃ、だめなんだ。
彼女が紡いで、カカシがぶつけてきてくれたこの気持ちから、私は逃げちゃいけない。


「……ねぇ、カカシ」
「!」


ひとつ深呼吸をしてから、行き場のなかった手をカカシの背に添えそう言うと、恐る恐る体を離したカカシはとてつもなく情けない表情を浮かべている。


「返事、するよ」
「……うん」


いよいよ言葉にしようとして、未だどくどくとうるさい心臓を落ち着けようと目を閉じてまた深呼吸をした。

そして瞼をあげ、じっと、カカシを見つめる。


「…この気持ちは、ずっと、胸にしまおうと思ってた。あの子がカカシのことを好きだって知ってたから、伝えないでおこうって決めて、ずっと隠してきたつもりだった」
「……え?」
「だけど、言うね」
「!」


そう言って今度は、私からカカシに抱きついた。


「私を、カカシの彼女にしてください」




どんと響いた破裂音。その時感じた唇の温もりを、私は一生忘れない。
fin.



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