私は今まで、なんの障害も隔たりもない人生を送ってきた。
普通の両親のもとに生まれ、普通に愛してもらって、可もなく不可もない成績でアカデミーを卒業して下忍になって、周りのみんなと同じようなタイミングで昇格もした。

目の前にある自分の今やらなければいけないことを、後でやればいいやって先延ばしにして、そして今日まで生きてきた。
夢や目標を持たず、自分のやりたい道も選ばずみんなと同じ道に進み、きっとやり遂げられたことも自分で諦めて足掻かずに。世界で一番大好きで大切な人にも、自分の気持ちを伝えず、ひた隠しにして。


「未練を残して死ね」
「っ、」


だからそんな私には、こんな最期しか待っていないらしい。


単独任務の帰りに受けた敵忍からの奇襲。
任務を無事遂行し里へと向かっていた私は完全に油断していた。今日はカカシとご飯を食べに行く約束をした日。待ちに待った今日という日に、私はきっと浮かれていたんだ。そして注意力が散漫になった挙句、この程度の奇襲で私の人生は幕を下ろそうとしている。

月光に照らされぎらりと妖しげな輝きを纏う敵忍のクナイが一直線に向かってきても、初手に負った足の傷で避けることもできない。情けない。情けない。


カカシの隣が似合う人になりたかった。
カカシの隣で恥ずかしくない人になりたかった。
カカシに頼られる存在になりたかった。
カカシの心の拠り所になりたかった。


けれど、そうなれるだけの努力をせず、ただ今ある時間に幸せを感じて、この時間を失わないようにとこの気持ちにも蓋をした。それがそもそもの間違いだった。今の、友達としていられるカカシとの時間よりも、どんな結果になったとしても、もし今のように会えなくなったとしても、気持ちを伝えておけばよかった。カカシが好きだと、誰より大切だと、声を大にして伝えればよかった。
それも、今更気付いたところでもう遅い。


ごめんカカシ、今日の約束、守れないや。


声にならない声でそう呟きそっと目を閉じると、自然と口角が上がるのがわかった。
後悔してももう遅い。私は今日ここで終わる。だから最後に、最期だけは、この気持ちを言葉にしたい。


「カカシ、大好きだよ」



掠れた自分の声の後、どっ、という衝撃音が耳を貫いた時、私は意識を手放した。












ゆらゆらと自分の身体が揺れているのがわかる。澄ませた耳に届いてくるのは木々が擦れるかさかさとした音。そして、誰かの背にいる、そんな温かい感覚にゆるりと目を開いた。


「気が付いた?」
「!」


視界に入った銀髪に、私は息をのんだ。
なんで、どうして。言葉にしたいそんな疑問は、なぜか声にはならなかった。私のそんな心境をわかりきったように「声、出ないでしょ?」と言うカカシにこくりと頷く。


「ずいぶん血を流してたのと、敵さんの術がかかってて声は出ないよ。あんな奇妙な術は初めて見たけど、ま、綱手様ならどうにかなるだろ」
「…」
「しかし、たまたま通りがかってお前が倒れてるから肝が冷えたよ。ぎりぎりのところで間に合ったからよかったけど、あのレベルの相手、お前ならどうにかなったでしょ」
「…」
「油断は大敵。任務中は一瞬の隙が命取りになるってアカデミーで教わらなかったわけ?」


いつも以上に口の回るカカシからは、抑えているけど確かな怒りを感じた。
申し訳ない。言い訳のしようもあるはずなかった。カカシの言う通り、私は任務中にも関わらず油断して、挙句この様だ。忍失格、そう思われても仕方のないことだと思う。なんの努力もせず繰り上がってきた自分には、カカシの隣に立つ資格なんて、最初からあるはずもなかったんだ。

ぎゅっと、カカシの肩口を掴む手に力が入った。
きっと、呆れられたに違いない。友達として、仲間として、カカシにここまで怒りを向けられたのは初めてだ。大概のことは笑って気を付けなよと流してくれるカカシをここまで怒らせた。きっと、もう、今までのようにはいかないだろう。楽しく一緒にご飯を食べることも、お酒を呑むことも、一緒に並んで歩くことももうないだろう。


好きな人のそばにいられないって、こんなに苦しいんだ。
同じ時間を過ごせないのって、こんなに寂しいんだ。


「……間に合ってよかった、本当」
「!」


すると、すこし棘のあったカカシの声が、優しく私の耳に響いた。
それはとても安心したような、いつも通りの、優しい優しい、カカシの声。ふーっと息を吐いたカカシは、変わらず前を見据えながら再び口火を切った。


「ごめん、ちょっと気が立ってた。お前があそこまでやられてるのを初めて見たから、気が動転してたのかもな」
「…」
「あのままお前と別れることになってたら、俺、きっとダメになってたと思う。自分の気持ちを伝えられないままお前がいなくなってたらって思うと、怖くて仕方なかった」
「…っ」
「だから、今言うよ」
「!」


そう言って、優しく私の名を呼んで横目で見たカカシの顔は、少し晴れやかだけど、どこか緊張しているようにも見えた。


「ずっとチハルが好きだった」
「…っ」
「今も、好きで好きで仕方ない」
「…」
「…チハルの気持ちを聞かせてほしい」


いつも以上に優しく、けれど返事を急くような、不思議な声色のカカシにぎゅっと体に力が入ったのがわかる。
これは夢だろうか。やはり私は死にかけていて、自分にとって限りなく都合の良い夢を見ているんだろうか。そう思わざるを得ないような、カカシからの告白。それを現実だと思い知らされるのは、どくどくとうるさい自分とカカシの心臓。カカシの背にいるからわかるこの心音が、夢じゃないよと教えてくれる。

いいんだろうか、気持ちを伝えてしまっても。私はカカシの隣にいてもいいんだろうか。そう望んでしまってもいいんだろうか。
里一の忍であるカカシと、しがない上忍である私。ごくごく普通の私に、カカシの彼女になる資格はあるのだろうか。


いや、いろいろと考えるのはあとにしよう。
今は、今あるこの自分の気持ちを大切にしよう。

ついさっき気付いたから。後悔だけはしたくないって。


「!」




背中に書いた“すき”の二文字を、きみは気づくだろうか。
fin.



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