長かった攘夷戦争が終わり、数年。
襲来してきた天人からこの国を、世界を守るために戦った私たちは、敗戦により天人の台頭を許すと同時に反乱分子と言われるようになってしまった。

辰馬は宇宙へ行き、晋助は国を恨み、小太郎は未だこの国を救わんとしている。
そして、終戦直後から消息がわからなかった、私の一番大切な恋人だった銀時と、ここ、江戸のかぶき町で再会してからもしばらく経った。

万事屋を営んでいる銀時は、夜兎族の女の子と地味な眼鏡の優しい男の子と生活を共にしていた。
その三人でああでもないこうでもないと騒ぎながら歩く銀時が呆然と立ち尽くし自分を見つめる私を視界に入れた時、驚いたような、泣きたいような、安心したような、そんな表情を浮かべて私をかき抱いたことを覚えている。

そして、家なき子同然だった私を改めて銀時が迎えてくれて、今は私も万事屋で衣食住を共にしている。もちろん、銀時の恋人として。


万事屋での生活にはもう慣れた。
暇さえあれば浪費に励もうとする銀時を止めるのにも、神楽ちゃんの胃袋を満たせるくらいのご飯をなけなしのお金で作るのにも、新八くんとそんな二人にどうしようもないねと笑うのにも。

けれど、慣れないことが一つだけ。
それは、夜になると必ず隣で魘される、銀時の事だった。


攘夷戦争激戦のさなか。
私と銀時、そして晋助と小太郎の師である松陽先生は、私たちに攘夷とはなんたるかを説き戦いを教えていたことによる反乱分子として、幕府に捕えられた。その当時私たちはまだ子供で、先生を捉えに来た幕府の役人には全く歯が立たなかった。

悔しかった。情けなかった。
父親とも言える存在だった先生を奪われたことは、私たちを戦わせるにはこれ以上ない理由だった。だから成長した私たちは徒党を組み、先生を奪還すべく戦いに身を投じたのだ。

来る日も来る日も血に塗れ、一日でも早く先生を奪還せんと戦い続けた。
幼かったあのころのように、先生とみんなと一緒に笑い合える日が来るように。そんな一心で私たちは突き動かされていた。

けれど、現実とは、とても残酷で。

仲間を護ってくださいと、そう先生に託されたはずの銀時が、捕えられた仲間の命か先生の命かの二択を迫られた。銀時は先生との約束を守るべく、先生の首を斬った。

その直後、駆け寄った私が銀時を見れば、彼は泣いていた。
声も上げず、自らが手にかけた師の首を見つめながら、静かに泣いていた。

晋助は錯乱するあまり銀時に向かって叫んでいたけれど、私はそんな気分にはなれなかった。

きっと、今、一番苦しいのは銀時だ。
先生を一番慕っていたのは、銀時だ。
そんな銀時が、苦しくないはずがない。

そう思うと、私は、泣くことすら出来なかった。


銀時はきっと、あの日からまともに眠れていないはずだ。
私でさえ目を閉じると、先生の最後の姿が鮮明に蘇ってきて眠れないのに。
一番ショックを受けているはずの銀時が、普通でいられるはずがない。

普段はおちゃらけてるし、だらしないし、ふざけてるし、どうしようもないけれど。
銀時は、自分の暗い心や、心にある悲しい思いを、他人に打ち明けることは決してしない。

それは、私にもしかりで。
だからこそ、あの時の話を聞く勇気が持てないでいる。わざわざ古傷を抉るような真似をしたくないし、今以上に銀時を苦しめたくない。


「頼ってくれて、いいんだよ」


今日も今日とて魘される銀時の髪を撫でながら、そう独り言ちてみる。

話したくないなら、それでもいい。話せないなら、私も聞かない。
けれど、私がそばにいることを、忘れないでほしい。
たとえそばにいることしか出来なくとも、せめて銀時の拠り所にはなりたいから。


「……ん、あれ、」
「ごめん、起こしちゃったね」


顰められていた眉を緩ませ、ゆっくりと瞼を開いた銀時は、私を視界に収めると、ふっと息を吐いた。そんな銀時の額に滲んだ寝汗を拭いながら、そっと笑んでみる。
すると銀時は、体に入っていた力を抜いて、再度深く息を吐いた。


「……夢、見てた」
「夢?」
「そう。……俺は、間違ってなかったかな」
「!」


脈絡も、主語も。
全部をとっぱらって、ただ銀時が口にした言葉。

けれど、それだけで全てがわかってしまうのは、きっと、この世界広しと言えど私しかいないだろう。


「……きっと先生は、それでいいって、言うはずだよ」
「っ!」
「先生は銀時に、仲間を託したんだから」
「…っ」


尚も頭を撫でながらそう言うと、おもむろに起き上がった銀時は、窓越しに、月光煌めく夜空を見上げた。


「……松陽が、言ったんだ」
「!」
「俺に斬られる寸前に振り返って、俺だけに聞こえる声で、」
「…っ」
「ありがとう、ってよ」


まるで、あの日みたいな後ろ姿に、心臓が掴まれる思いがした。

先生はきっと、全てをわかっていたんだ。
自分が捕まることも、教え子である私たちが助けに来ることも、その教え子に斬られることも。
わかっていた上で、銀時に全てを託したんだ。

先生は愛ある人だった。
人の気持ちを重んじ、時に寄り添い、時に励まし、時に胸を貸し泣かせてくれた。
そんな先生が、自分の遺志を託せると思ったのが銀時だったんだ。


なんだか無性に、泣きたくなった。
泣いたところで事実は変わらない。銀時の傷が癒えることも、先生が戻ってくることもない。
けれど、いつもは大きなこの背中が、たくさんの人と繋がり護るこの背中が、いつになく小さく、頼りなく見えて。なのに何も出来ない自分が情けなくて。

私はあの日から、何も変わっちゃいない。
先生を奪われたあの日から、何も、変わっちゃいない。


「なぁ」
「っ、なに?」
「俺は、お前の泣き場所には、なれねぇか」
「え、」
「松陽みたく、お前さんがなりふり構わず泣ける場所には、なれねぇかな」
「…っ」
「お前、あの日から泣いてねぇだろ」
「っ!」


そんな言葉に驚き身を固くする私を、そっと伸びてきた銀時の腕が抱きしめた。
甘く優しい、けれど逞しく男らしい銀時の腕の中。
あの日から枯れてしまったはずの涙腺が、徐々に水気を帯びてきているのを感じる。


「泣け。泣いちまえ。そしたらちっとは楽になんだろ」
「っでも、銀時は、」
「俺はいい。俺はお前さんがそばにいてくれるだけでいいんだよ」




君がそばにいるならば
fin.


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