「全部、終わったよ」
「…そっか」


血の海に立つ、辺りの光景にそぐわなすぎるチハルの顔には、数え切れないほどの涙の跡があった。

やっとだね、チハル。
やっと、泣けたんだね。



あの日、泣きたいのに泣けないと悲しい顔をしたチハルを、支えたいと改めて思った。今は亡きあいつの代わりに、支えてやれないあいつの代わりに、俺がその役目を担うと決めた。それは、俺が信頼出来る同僚を、チハルが最愛の恋人を失ってから、五年後の出来事だった。

あれからチハルは、何かを急くかのように任務に猛進するようになった。紅やアンコからの誘いも断り、日夜ろくに休みも取らず任務に明け暮れた。ときどき見かねて休めと声をかけても、「今はだめ。休んじゃダメなの」と俺たちの制止を振り切って任務に就いた。

その間、実に三年。
チハルは文字通り寝る間も惜しんで任務に就いた。強くなりたい、強くならなきゃ。そんな言葉が口癖になって、日を追う事に頬は痩け、つやつやとした綺麗な長髪も、いつのまにか短くなっていた。


そっか、おまえがこんなにも必死になっていたのは、カイの敵討ちのためだったのか。

チハルの傍らにぐしゃりと転がる、見覚えのある男の姿。ビンゴブックに載っているその男は、俺の同僚を、チハルの恋人を、チハルの目の前で、殺した男。


「ねぇ、カカシ」
「…ん?」
「私、カイの敵取れたんだ 」
「…っ」
「カイを殺したこの男を、仕留められたんだ」
「…」
「でもね、私、わかっちゃったの」


こいつを殺したところで、カイは戻ってこないって。


そう言って儚く笑ったチハルの頬には、新しく伝う涙がとどまるところを知らない。

こいつがこんなにも無心になって修行をし、血みどろになって戦い続けた先にあったのは、以前よりも色濃い孤独。


「カイに最後にもらった指輪も、失くしちゃった。どこを探しても見つからないんだ」
「…」
「きっと、カイは私に怒ってるんだよ。俺のためにそこまですることないって」
「チハル…」
「…どうしよう、カカシ。わたし、向こうでカイに合わせる顔がないや」
「…っ」


笑うなよ。無理に笑うなよ。
泣きたいくせに笑うなよ。
おれの前でくらい、本当のおまえでいてくれよ。


惚れた女のこんな姿を見ると、いろんな想いで胸がいっぱいになって、気づけば抱きしめていた。俺の腕の中にすっぽりと収まるその体は、小刻みに、でも確実に震えている。


「無理に笑うなよ。笑えないなら笑わなくていいだろ」
「……っ」
「カイの代わりになれるとは思わないけど、俺にくらいは甘えてよ」
「カ、カシ……」
「…俺くらいは、おまえの泣き場所でいさせてくれよ」


そう言ってより強く抱きしめると、ついにチハルは声を張り上げて崩れ落ちた。
俺は屈んでその背を優しく撫で、よく頑張った、よくやった、そんな陳腐な言葉しかかけてやることができなかった。


でも、それでもいいんだ。
おまえの一番が誰であっても、俺の一番は、チハルだから。






やっと、お前に一歩近づけた。
fin.


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