「ねぇ、行きたいところがあるんだけど」


久しぶりの休日。
夕方までごろごろと家で過ごして、そう声をかけた。うん、時間もちょうど良い。

助手席に乗り込むチハルは「どこ行くの?」と何度も問うてくるので「着けばわかるよ」と発進させて同じ返答を繰り返す。三度目を返したあたりから聞き出すことを諦めたチハルは、「そろそろ暗くなるね」と話題を変えた。

自宅から一時間と少し。
中心街から少し山間に入ったところが今日の目的地。駐車場に車を止め降りると、やはり良いな。人はまばらだが、とてもいいスポットだ。


「ねぇねぇ。ここって、」
「そう。夜桜でお花見でもしよう」
「やった!」


後部座席に積んでおいたレジャーシートと道中で買った弁当を右手に、空いた手を繋いで山頂へと歩を進めた。


「綺麗…」
「そうだね」


山頂に着くなり目に飛び込んできたのは、一本道を覆わんばかりに広がる桜並木。ライトアップされた桜は若干橙色にも見えて、けれど近づくとしっかりと薄桃色をしている。
夢中になってはしゃぎながらもスマートフォンで写真を撮る彼女に笑みをこぼしながら、良さそうな場所を探しておいた。


「写真、いっぱい撮れた?」
「うん!全部全部綺麗だよ」
「それじゃあ、この辺りでご飯にしようか」


選んだ場所は、並木道から少し外れた、ぽつりと可憐に咲く一本桜の下。
レジャーシートを広げ、他愛もない話をしながら食べる弁当は、このシチュエーションも相まってかとても美味しく感じた。時折吹く風に混じって舞う桜吹雪もまた風情があっていい。春とはいえ夜は少し冷えるので、何か温かい飲み物でも買いに行こうかな。


「桜は綺麗だしお弁当も美味しいし、何よりここいいね。私知らなかったよ」
「会社の人が教えてくれたんだ。でも、今日がきっと一番の見頃だろうな」
「そうだねぇ。来週は雨予報もあるもんね」
「これが散っちゃうのはもったいないよね」
「うん、とっても」


そこで立ち上がり、飲み物を買ってくると伝えて近くの屋台へ向かった。

戻りがけ、買った飲み物を両手にふとチハルの方を見ると、隣に悠然と立つ桜を黙って見上げている。その姿は可憐で美しく、そしてどこか儚さすら帯びていた。

なんで彼女は、こんな自分と付き合ってくれているのだろうかと不思議に思ってしまうほど、その姿は自分の心に何かを感じさせるほど美しかった。正直、ここにあるどの桜より、ずっと。


「あ、おかえり。飲み物ありがとう」
「…あぁ」
「ん?どうしたの?」
「……なんでもないよ」


辺り一面満開の夜桜ではなく、自分の恋人に見惚れていました、なんて言えるはずもなく。苦笑いで言葉を濁した。


「今ね、ふと思ったんだけど」
「? うん」
「桜ってすごく綺麗でしょ?可憐で素敵で、でもこの時期しか見られない儚さみたいなものもあって」
「そうだね」
「私もこの桜みたいに、少しの間だけでいいから、誰かを見惚れさせるような人になりたいなって思ったの」
「チハル…」
「たとえ少しの間でも、誰かの心に留まれるような、そんな素敵な女性になりたいなって、思っちゃった」
「…」


全くこの子は…。
自分の魅力というものを全く分かっていないから困る。こっちがどれだけ周りを牽制してるか知らないだろう。使える人脈をフルに使って、言い寄ってくる男共を追い払っているのを知らないからそんなことが言えるんだ。

チハルと付き合って三年。
ずいぶん長く一緒に過ごしているけれど、日を追う事に、会う度に、魅力を感じ想いがどんどん増えていって、もうチハルなしでは生きられないようになっている、なんて知らないから。


「そのままでいいよ」
「…え?」
「そのままのチハルが好きだから」
「…っ」
「……実はさっき、桜を見上げてるチハルに見惚れちゃってね」
「!?」
「一体何回惚れ直せばいいんだろうって思ってたところなんだ」


言うつもりのなかった台詞がポロリとこぼれ、年不相応の照れから熱くなった顔を背け、ぽりぽりと頬を掻くと、くすりと笑ったチハルに優しく名前を呼ばれた。


「さっきの全部、私の台詞だよ」
「…え?」
「昨日も今日も、そして明日も。私もずっとずっと、好きだよ」
「っ、ありがとう…」





fin.


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