私の大切な人は、みんな、私を置いていってしまう。私が大切だと思う人は、みんながみんな、私を守り、私のために、笑って空へと先立った。だから私は、自分から一人でいる道を選んだ。

それなのに──


「な、んで…っ」


『俺はおまえをひとりにしないよ』

そんな私を変えたあなたまで、私を置いていってしまうの…?


土砂降りの雨の中、血だらけで倒れるその人に駆け寄って、ぎゅっと抱き竦めた。

あなたは私を置いていかないんじゃないんですか。
ずっとずっと、私のそばにいてくれるんじゃないんですか。
あの時の、あの日の言葉は、嘘なんですか…──カカシさん。


「置いて、行かないで……っ」


「……行かない、よ」
私の頬を伝う熱い涙を冷たい雨が流れるなかで、静かな、でも震えるそんな声が、まるでさざめく波のように私の耳に届いた。

はっと瞑っていた目を開けると、重そうに瞼を開き、力ない表情で笑うカカシさんがいる。


……生きてた。
まだ、声が聞こえる。


「…言っただろ。おまえをひとりには、しないって、」
「カカシ、さん…」
「ごめんな。また、泣かせたな」
「…っ」


雨のせいか、それとも多すぎる出血のせいか、いつものあの優しい温かさなど微塵も感じない彼の氷のように冷えきった手が、私の頬をするりと撫でた。そんな血に濡れた彼の手をぎゅっと握り、出来る限り笑って、声を絞り出す。


「……いま、里に連れて帰るから。ね、カカシさん、頑張って、」
「…なんでだろうな」
「……え?」
「おまえの腕の中にいると、安心する。このまま、でもいいかな、なんて、思うよ…」
「っだめだよカカシさん!!お願いだから生きてよっ!私のために、生きて……!!」


さっきよりも重そうな瞼を懸命に開けようとするカカシさんを背負い、里までの最短ルートに向けて、勢いよく地面を蹴った。


走っても、走っても。
景色だけが過ぎていって、里はずっと出てこない。まるで時間など止まったように、永遠のように長い一瞬のなかにいるように。

背に感じるカカシさんの体温は、時間が過ぎ去るごとにどんどんとその温かさを失っていく。それと同時になくなっていくのは、私の冷静さ。

早く、カカシさんを助けたい。
早く、カカシさんに大丈夫だと言いたい。

早く、いつものあの、優しくて温かいカカシさんに、戻ってほしい。

また溢れそうになる涙をぐっと堪えて、雷鳴の轟くなか、ようやく見えた里の門に飛び込んだ。









木ノ葉病院の、一室。
深夜のしんとした静けさを纏ったそこに広がるのは、先程よりも強くなった雨が窓を叩く音と、カカシさんの生きている鼓動と、私の微かな嗚咽だけ。


『あとは、カカシ次第だ』


カカシさんを背負って病院に駆け込んですぐ、手術を始めてくださった綱手様が出てきたのはそれから六時間後のことだった。

赤いランプが消え、へばりつくように手術室の扉の前にいた私に、綱手様がそう言った。やれるだけのことはやった、あとはカカシの、生きたいと強く思う心を信じるだけだ、と。


そんな言葉に崩れ落ちた私を、綱手様はぎゅっと抱きしめてくれた。あいつは死なん、おまえも信じろ。そっとタオルを差し出しながら雨に濡れた私の頭をぽん、と撫でた綱手様は背を向け去っていった。


「……カカシさん」


管のたくさん繋がったカカシさんの手をそっと握った。
人工呼吸器を付けた顔を眺めながら、空いた手で優しく、微かに血のついた頭を撫でた。


知ってますか、カカシさん。
私、あなたがいないと、生きられないんですよ。あなたが支えてくれるから、私は生きられるんですよ。

あなたが私をひとりにしないと言ってくれたとき、言いましたよね。『だから、生きろ』って。その言葉、そっくりそのままお返しします。

だから、カカシさん。


「生きて」




私、あなたが好きだから。 知ってるよ、チハル。
fin.


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