「行ってきます!」


満点の笑顔でそう言うあいつを見送ってから五時間と三十六分。あいつはいつも通り仕事があって、俺は珍しくも時間を持て余している。そう、非番だ。

基本的にほとんど休みのない俺だけど、今このタイミングでは仕方ない。なんせしっかりと動くのは腕と上半身だけ。
…そう、ご存知のチャクラ切れだ。昨夜無事退院して、今日は一日家で安静にするようにとの火影命令。とはいえ今日が終われば明日からまた任務が待っている。チャクラ切れ休暇の最後の一日だ。


「…暇だぁね」


綱手様もせめて明日まで休みをくれればチハルとデート出来たのに…と恨まないこともないが、この人手不足の時期に一週間も休みを貰えることの方が奇跡だとわかっているのでこれ以上は求めない。

とはいえ、家でずっと一人というのもなかなかに持て余す。イチャイチャシリーズもこの一週間前だけで何度読み返したかわからない。というわけで、朝出勤する前にチハルが作って俺がいるベッド脇に置いておいてくれた弁当を食べようと思う。


「いただきます」


手を合わせてから箸を取ってぱかりと蓋を開ければ、すっかり冷めているはずなのにふわりと香る鼻腔を擽る美味そうな匂い。時折こうしてチハルが弁当を作ってくれる時は、俺の好物のおかずばかり入っている。
鯖の竜田揚げに、小松菜の和え物、蓮根の金平にひじきの煮物、そして葱のたっぷり入った卵焼きに、飯はご丁寧にもおにぎりにして海苔まで巻いてくれている。……神だ。神すぎるほど俺の好物ばかり。


「…いただきます」


あまりに手の込んだ弁当が嬉しすぎてもう一度手を合わせた。朝は時間がないって言うのに、早起きしてこんなにも豪華な弁当を作ってくれるチハルは本当に出来た人だ。

そっと、卵焼きを箸に取る。じゅわりと美味そうな出汁のこぼれるそれは、見た目や匂いよりもずっと美味そうで思わず喉が鳴った。自分が思っているよりも腹が減っていたらしい。神々しさすら感じるそれを待ちきれずに口へと含めば、やはり広がる出汁の風味と葱の香り。甘みすら感じるほど温かさに溢れたその味は、俺の大好きな味。


「……うまっ」


だから、一人きりだというのに思わず声に出てしまうのは仕方のないことだと思う。好きな人が作ってくれた、好きなものが詰め合わされたものだ。声に出ない方がどうかしている。

その後も鯖やら小松菜やら、入っているおかずは全て味わおうと思っていたのに気付けば最後のおにぎりを残すのみ。若干の名残惜しさすら感じながら有難く食べ終える。


「ごちそうさまでした」


この弁当のおかげか幾分か体が動くようになったので、せめてものお礼にと洗い物を済ませ、簡単な夕飯の準備を始めた。










チハルが家を出てから、九時間と二十五分。きっともうそろそろ帰ってくる頃だろう。
体もほぼ正常に動くようになったので、いつもチハルがしてくれているように、部屋を温め、風呂を沸かし、飯を作っておいた。ちらりと窓の外に目を向けると、暗闇の中をはらはらと舞っている白い雪。きっと外は少し歩いただけで冷え切るほど寒いだろう。

ふと、いつも俺を待ってくれているチハルは、こんな気分なんだろうかと思った。
アカデミーの常勤講師をしているチハルとは違い、俺に定時はない。おおよそこのくらいの時間に帰るという目処はつくものの、日によってはそれより遅くなることなんかざらにある。

それでもあいつはいつも、泥や血にまみれて帰ってくる俺を、温かい笑顔で、温かい家に迎えてくれる。でもその裏にはいつも、心配してくれている心情が隠れているのを俺は知っている。


ずっと、一人だった。
母も父も早くに亡くし身寄りという身寄りもなかった俺は、チハルと出会うまでずっと一人きりで暮らしていた。

生きるために飯を食った。
生きるために任務に就いた。
生きるために、人を、殺した。

なんのために生きているんだろうと何度考えたか知れない。だからと言って自ら死を選ぶという選択肢は俺にはなかった。

背負っている命がたくさんあったから。
守るべき大切なものが、たくさんあったから。


今になって思う。
それはきっと、チハルと出会うためだったんだ、と。


「ただいま〜」
「! おかえり」


そう物思いに耽っている俺の耳に、玄関の開く音と一緒に聞こえた最愛の人の声。「外めっちゃ寒いよ〜。今日は何か温かいものでも作ろうかな〜」玄関から聞こえるそんな声に居ても立ってもいられなくなり、心持ち早足でチハルの元へ向かい、その冷えた体をぎゅっときつく抱きしめた。


「お、わっと。びっくりしたぁ。なに、もう動いても平気なの?」
「ん」
「それになんかすっごくいい匂いがするんだけど、何か作ってくれたの?」
「チハルの好きなポトフ」
「うそ、やった!カカシのポトフ大好きなんだ〜」


けらけらと俺の腕の中で笑いに揺れるチハルが無性にいつも以上に愛おしい。

あぁ、そっか。
ここに帰ってくるってわかっているから、待っていられるんだね。




俺もここに、帰るから。
fin.


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