――おおきくなったら、チハルをおれのおよめさんにしてやるよ



昔。幼なじみとした、口約束。
言葉の意味を理解してないくらいの幼い子供がその時の気分で言ったこと。だから気にしちゃいけない。そう思いながらも、あいつのそんな言葉を十数年経った今も思い出し続けてる私は相当いかれていると思う。

だけど、仕方ないとも思いたい。だってあの頃から私はずっと一途にあいつのことが好きだし、他の人に何度言い寄られてもあいつしか見てこなかったし。
とはいえあれからあいつにあんなに甘い言葉を吐かれたことは一度もない。あいつの口から飛び出す言葉はいつも辛辣なものばかり。でも、そんなきつい言葉も、どこかに私のことを心から心配してくれてたり思ってたりしてくれてることは分かってるから、どうともない。

そんな乙女の純粋な片想いを、あいつはまったく気づいてない。ずっと、誰よりも一番そばで、私のことを見ていたくせに。


「…ネ、ジ……?」


…だから、あいつが今にも命を落とそうとしているこの現状を、私は一生理解出来ないだろう。


「ね、ねぇ。ネジ。あんた、なんでこんなことになってんの…?」
「…チハル、」


第四次忍界大戦のさ中。
忍連合はうちはマダラの率いる軍勢に苦戦を強いられていた。
私の立つ周囲にも多くの仲間たちが倒れている。

――でもまさか、ネジがその一人になるなんて、想像すらしていなかった。
一緒に木ノ葉に帰ることを、当たり前に信じて疑っていなかった。

いつも隠された額当ての下にある日向の呪印が、消えていた。
それは白眼を敵に奪われる心配がない。つまり、ネジの命が消えかけていることを、意味していた。

その事実に呆然とする私に、苦しそうにか細い声を向けるネジを慌てて支えた。腕を回したネジの背中からは、生温い鮮血がどくどくと溢れてくる。


「…すまな、い、チハル」
「…」
「…約束、もう、守れそうに…ない、」
「!」
「…チハルは覚えて、いないかもしれんが…、昔に、おまえと約束した、んだ」
「…ネジ、」
「…俺が大きくなったら、おまえと結婚する、と」
「…っ」
「…だが、俺はここまでの、ようだ」
「…ネ、ジ…っ」


あんな大昔の口約束をネジが覚えていてくれた事実が嬉しくて、でももう叶えてもらえないことがつらくて、ネジの顔を見たいのにそれを遮るようにどんどんと滲んでは零れていく涙。
そんな涙の伝う私の頬を、ネジの少し冷たくなった震える指が、慈しむように撫でる。


「…泣かないで、くれ、チハル」
「…っ」
「…俺がおまえの涙に弱いこと、おまえが、一番知っている、だろう」
「だって…っ」
「…俺は、幸せ者だな」
「…?」
「…大切な、未来ある人を守ることが、できて、…俺の一番大切な人が、俺の死を、悲しんでくれる」


まるで仏のような温かい優しさのこもったネジの目が映すのは、がむしゃらになって戦う、二人の背中。
…そっか。ネジは、あの二人を守ったんだ。ネジを日向の呪縛から解き放ってくれた人を。ネジのことをずっと案じ、心配し続けてくれた人を。だからネジは、こんな状況でも満足そうに笑ってるんだ。
かつての自分を守ってくれた二人を、その命を、守ることができたから。

でも、でも…。


「…死ぬなんて、言わないでよ」
「…チハル…、」
「ここで死んだら、許さないから。一緒に生きてくれなきゃ私、一生あんたを恨みながら生きて、一人で死んでやる」
「…それは、困る」
「だったら…、私と一緒に生きてよ……ネジ…っ」


せめてもの虚勢は、すぐにもろくも崩れ去った。
嗚咽を堪えようと必死に唇をかみしめる私に、ネジはいつになく、優しく微笑む。


「…なぁ、チハル、」
「な、に…」
「…俺はじきに、父様の元へ、行く。あの空の向こうへと、はばたくんだ」
「…」
「…そこから、ずっと、おまえのことを見守っていても、いいか」
「…や、だよ…。今までみたいに私の一番そばに、いてよ…ネジがいないと、私、生きていけないよ…」
「…おまえは、強い。俺がいなくても、おまえは、生きていける、おまえは、一人じゃ、ない」
「……やだ、やだよ…っ」


まるで子供みたいにいやいやを繰り返す私に、ネジは仕方ないなと言いたげに笑って、また、頬を撫ぜた。


「…一度しか言わん、ちゃんと、聞いてくれ」
「…や、だ」

「好きだ、チハル。今までずっと、チハルのことが、好きだった」


ずっと端に聞こえていた喧騒が、すっと音をなくした。
そんな私の耳に残るのは、さっきよりも数段荒くなったネジの呼吸と、残酷な告白の余韻だけ。


「好きだから、ずっと見ていた。だからわかるんだ。おまえは、一人じゃない」
「…」
「俺がおまえの前からいなくなろうとも、おまえは、大丈夫だ。俺はいつまでも、おまえのことを、見守って…いる」
「…っ」



「チハル、俺はおまえを、ずっと愛している」



そんな言葉を最後に、ネジはゆっくりと、瞼を下ろした。
そんなネジに縋りつき、必死で涙をこらえ、耳元で囁いた。



「ずっと愛してるよ、ネジ」









たくさんの人が悲しみを背負うことになった戦争が終わってしばらく。
私は日課になりつつある墓標の前に跪き、花を手向けた。


――日向ネジ


だれよりも不器用で、だれよりも繊細で。
そしてだれよりも、強く儚く散った、私の最愛の人。


「…ネジ、私ね。がんばって生きていくよ。ネジのいないここで、ネジが命を懸けて救ってくれたみんなと一緒に、生きていく」


だから…。

また溢れそうになる涙をぐっと堪えて立ち上がり、精一杯の笑顔と一緒に、空へとガッツポーズを投げつけた。


「ずっと、愛してるよ」


(あなたに生きると、誓ったから)


fin.



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