家に帰る脚が嫌に重い。視界に入る空は薄暗くて、なんだか俺の心の中を表してるみたいに曇ってる。さっきから降り止まない雨も避ける気力すら残ってない。

暗部の任務をやった後はいつもこうだ。もう除隊して数年になるからって言っても忘れることはできないそんな感覚。手も体も、自分の全部が真っ赤に染まってるような気がするのに、洗っても洗っても何度力任せに擦ったって決してそれが消えることはない。


そうこうしている間に気づけば家の前。扉の前で一度目を閉じて深呼吸をする。
俺がこういう任務のあと家に帰ると、必ずあいつは苦しそうな顔になる。それはきっと俺がこんなことを考えてるってわかってるからで。まるで自分のことみたいに感じてしまう優しいあいつだからこそ心配をかけたくないし、あいつの苦しい顔は見たくない。


「ただいまー」


できるだけ平常心を装ってガチャリと扉を開けると、ぱたぱたと走って来る音がする。ひょこっと顔を出したのは俺の愛しい人。


「おかえり、早かったね…ってびしょ濡れじゃん!」
「あぁ、うん。急に雨が降ってきてね、参ったよ」
「…風邪ひいたらどうすんの。早くお風呂はいって来て!」
「ん」


押し込まれるように入った風呂場で、ふとさっきのチハルの表情を思い出す。
俺が雨が止まなくてと言ったら少し不思議な間があった。きっとチハルはあのタイミングで何があったか気づいたんだろう。それでいていつも通り接しようとしてくれてる。だめだ、気づかせちゃダメなんだ。

ふらりと風呂場に入って服を着たまま熱いシャワーを浴びながら、気持ちをリセットしようとするけどそんなに簡単な話じゃなくて。ただただそのまま棒立ちになる。
ざーざーと湯が流れていくのを見てると、俺もこうして流れられたらなぁなんて思ってしまう。

いくら名が轟こうが、天才だ誉れだと持てはやされようが、俺だって人間だ。みんなが苦しく感じることは俺も苦しいし、みんなつらいと思うことは俺だってつらい。それを人に見せないようにするのが得意なだけ。感情を殺せと簡単に言うけど、人ってのはそんな単純な生き物じゃないし、そう簡単に割り切れるものでもない。

忍としてもう何十年も生きてきてるけど、仲間の死を目の当たりにするたびに俺なんてちっぽけな人間なんだとそう思う。


多くの大切な仲間の犠牲の上に立ってる俺に、生きる価値なんてあるのか。
この世界に身を置くようになってから、その疑問が俺の中をずっと巣食っている。


「カカシ―そろそろ上がりなよ…って!なにしてんの!!」
「…え?」


そんなチハルの声に我に返ると、いつの間にか俺の手の中にはクナイが握られてて。
あと少しチハルが来るのが遅ければ、俺は自分で自分を刺していた。


「っ何考えてんのバカ!!」
「!」


ぱちん、とチハルの小さな手が俺の頬をぶつ。ゆっくり顔を上げると涙でいっぱいの目で俺をにらみつけるチハルがいて。その瞬間に、ああ、俺はなんてことをしようとしたんだと無意識でした自分の行動にぞっとした。

「早く着替えてリビングに来て」それだけ言い残してチハルは涙をゴシゴシと拭って戻っていった。自責の念に駆られながら言われた通り着替えてリビングに行くと、チハルはそこにあるソファに座って難しい顔をしてるわけで。


「ここに座って」
「…」


言われるがまますとん、とチハルの横に座る。
怒ってるわけではない、責めているのとも違うそんな何とも言えない顔のチハルは、無言を貫く俺に向かい合ってそっと抱きしめてくれた。


「…カカシ」
「…」
「つらいならつらいって、泣いてもいいんだよ」
「!」


とんとん、と俺の背中を叩くチハルの手はまるでぐずる子供をあやすそれで。


「カカシだって人間だもん。つらい気持ちとか悲しい気持ちとかは、私と同じように感じるでしょ?」
「…っ」
「それを無理に我慢することはないよ。私はカカシが我慢して壊れちゃうのが一番いやだ」


背中にあったチハルの手が今度は俺の後頭部に回って、チハルの胸に額を押し付けられてる俺がいて。


「私には甘えてもいいんだから。私はカカシが弱音を吐ける場所でいたいの。私の前で無理しないで」
「…チハル、」
「カカシの背負ってるものを、私にも背負わせて」
「…っ」
「今まで、ひとりでよく頑張ったね」


そんなチハルの声が聞こえたのをきっかけに、チハルにしがみついて声をあげて泣いてる俺がいた。


きっと俺は泣き方がわからなかったんだ、弱音の吐き方も。ずっと一人で生きてきたから抱え込む癖がついてたんだ。それをチハルは、いとも簡単に取り除いてくれた。

思い切り感情のまま泣いたことで少し心が軽くなってる俺がいて。


もう俺は、チハルなしでは生きられない。




fin.


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