「…疲れた」



早朝、日も上がる前に出た里に帰ってきたのは夕暮れ。情けなくもへとへとになって、報告書を提出した後とぼとぼと家路につく。

今日の任務は予定では戦闘はないはずだった。でも帰還途中に五人組の賊と遭遇してしまって軽い戦闘になった。忍でないとはいえ奴らは慣れた様子で、少々苦戦してしまった結果思ったよりもチャクラを使ってしまった。まぁたいしたことはないんだけどそのせいというのか、もう何もする気力もないから家に帰ったらそのまま寝ようかな、なんて思っているわけで。



「あれ、テンゾウ?」
「!…チハル」



突然背後から聞こえた声にびくん、と肩を揺らせば「お疲れだね」と苦笑いのチハルが車いすで僕の隣にやってくる。

この僕が背後の気配に気づかず驚くなんて。こりゃ相当疲れがたまってるな。



「どうしたの、ずいぶんボロボロじゃん」
「あぁ、予定外の戦闘があったからね。ちょっと疲れたよ」
「そっか、お疲れ様。ケガはなさそうでよかった」



家が同じ方向にあるので、夕暮れが照らす道を他愛もない話をしながら歩く。
目の前に伸びる自分の影とチハルのそれが並んでるだけで幸せだなんて僕も案外安い男なのかもしれないな。



「ね、そんなに疲れてるんならさ、うち来てご飯食べない?」
「え?」
「まぁ大したものは作れないけど、ひとりで食べるよりふたりで食べたほうが美味しいじゃん。どうせ疲れてるからって帰ったら寝るだけでしょあんた」
「…よくお分かりで」
「簡単なもので良ければどうぞ」
「じゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」



家路につく道のまま、チハルの家へ直行する。
チハルの家は僕の家の程近くのバリアフリーのマンション。車いすの彼女にはもってこいの新築だ。その一階の一番端にチハルの部屋はある。慣れた手つきで扉を開けたチハルは「ちょっと待ってね」と玄関にあった室内用の車いすによいしょっと乗り換える。



「ふぅ。ごめん、それ玄関の端に置いといてもらっていい?」
「あ、あぁ」
「そんで上がったら手洗ってリビング来てよ。洗面所は入って右ね」
「わかったよ」



くるりと車いすを翻したチハルはまた慣れた手つきで鼻歌交じりにリビングに入っていった。

チハルに言われたとおりに車いすを寄せて手を洗ってからリビングに向かうと、広いリビングにはダイニングテーブルと椅子が三脚。そのテーブルに並ぶようにこちらを向くテレビと、奥には扉を外された寝室があった。綺麗に掃除されている部屋を見れば、不自由な体ながらしっかりと生活をしてるのが見える。



「そんなじろじろ見ないでよ、今日はまだ掃除機かけてないんだから」
「いや、十分綺麗だよ。僕の部屋よりもね」
「あんた掃除嫌いそうだもんね」
「…最近忙しかったんだよ」
「はいはい。そういうことにしといてあげるよ」



「はい、出来たよ。食べよう」
いつの間にか出来上がってた湯気の漂う二つのどんぶり。膝の上のお盆にのせられたそれを慌てて受け取ってテーブルに並べるとありがとう、と笑ったチハルにどきっとした僕がいた。



「本当に簡単なもので申し訳ないけど」
「いや、久しぶりに温かいご飯を食べられるよ。ありがとう」
「…ただのうどんだよ」
「誰かの手作りなんていつぶりだろうって話だからね」
「そう、ですか」
「いただきます」



向かい合ってずずっ、とうどんをすする。何の変哲もないうどんもチハルと一緒に食べるとどんなごちそうよりも美味しく感じる僕は、自分が思っているより相当チハルに惚れているらしい。

無意識に熱くなってくる顔を見られないように夢中で食べる。チハルと一緒にいることと手作りというのも相まってやっぱり美味しい。そんな僕を見てぷっ、と噴出したチハルを見上げた。



「なんだい?」
「はは、結構お腹減ってたんだなと思って。すんごい美味しそうに食べるから」
「…昼は食べる暇なかったから」
「ふーん。じゃあ、私のも食べる?」
「!」



「今日お昼遅かったからあんまりお腹減ってないんだよね」とにこにこのチハルがすっ、と僕の方に寄せてきた半分ぐらいに減ったどんぶりをじっと見て、生唾を飲んだ。

これは…間接キッス、というやつじゃないか。

チハルは何の気なしにただの善意でくれてるんだろうけど、邪な僕の脳みそは全てをいい方に解釈してしまう。きっと彼女のしてることに他意はないはずだ。だけど途端に胸の中であふれ出す感情がもう止まらない。いつも慎重派と言われる僕はどこへいったんだろう。



「チハル」
「ん?もうお腹いっぱいだった…」
「僕は君が好きだ」
「!」
「!」



僕のストレートすぎる言葉を聞いて驚くチハル以上に驚いてるのはきっと僕の方。想像してた甘い告白なんてものじゃなくて、ムードもへったくれもない。

だけどチハルの普段の生活を見て、何か手助けしたり支えたりできないか、と思ったのも本音。ただの同僚がそんなことをするのはおかしいし、それなら恋人になれればおかしくない…って僕は一体誰に言い訳してるんだろう。

そしてしばらくの沈黙の後、ゆっくりと口が開かれた。



「…て、んぞう」
「…はい」
「あの、めっちゃ急で本当、びっくりしてるんだけど」
「…うん」



いつものあの快活さはどこへやら、視線を漂わせながらもじもじするチハルは初めて見る顔で。ああ、僕はやっぱりチハルが好きだ。どんなときもチハルのそばにいたい。そんな思いで胸がいっぱいになった。

だけど同時に襲ってくるのは、タイミングを誤ったんじゃないかってことで。自分でもまさかこの状況で告白するなんて想像もしてなかったからどきどき、と不安に襲われる。

するといつぞやのマイナス思考な自分が出てきて、チハルが言い淀んでいるのはいかに僕を傷つけないように断りの言葉を言うか考えてるんだとささやいてくる。それは違う、そうじゃないといくら唱えてもそんな僕の心の葛藤を知ってか知らずかチハルはそれ以上口を開かない。

いよいよ沈黙に耐えられなくなった僕は立ち上がる。



「…本当、急にごめん。うどんごちそうさま。それじゃあ…」
「っ待って!」
「!!」



目線を合わせないように部屋を出ようとしたら、ドアのちょうど横にいたチハルに道を塞がれた。床を見ていようと視線が下にあったから、車いすのチハルの視線とちょうど合わさってしまう。

でも彼女の視線は、僕を勇気づけてくれたあの日のように優しい。



「言い逃げなんて、らしくないじゃん」
「…」
「…返事くらい、聞いてから帰ったらどうなのさ」
「!」



すっ、と伸びてきたチハルは控えめに僕の手を握る。
その手はかすかに震えていて思わずチハルを見るけど、俯いてしまったから真っ赤に染まった耳以外の表情は見えない。でも、それだけわかれば十分。

チハルの視界に入るようにそっと跪いて、手を繋いだまま俯く彼女の目をじっと見た。

…心臓がうるさい。でも今決めなくてどうする。行くんだ、僕!



「…チハル、さん」
「…はい」
「…僕、と…その…」
「…」
「…付き合って、くれますか」
「…」



言えた、どうにか言えた。だけど相当不格好。
きっと今の僕の顔は真っ赤に染まっているだろう。世界で一番格好悪い告白だ、そんな気がする。



「…よ、ろこんで」
「!!」



そう言って、僕と同じくらい真っ赤になった顔で照れ臭そうに笑ったチハル。

僕の長年の片想いが、ようやく身を結んだ。




fin.


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