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▼ 微笑みで隠れんぼ

「やあ、コナンくん」

静かに扉を開けたコナンに声をかけたのは、いつもの女性店員ではなかった。シャンパンゴールドの髪に灰色がかった深い青の瞳。精悍な顔立ちの彼は一昨日毛利小五郎の同窓会で起こった事件で推理を外した安室透という探偵である。弟子入りを宣言したのは昨日で、彼は昨日からポアロの店員としても働き始めた。どうにも胡散臭い彼の笑顔にこんにちは、安室さんとだけコナンは返す。

「今日は1人なのかい?」
お冷とお絞りを持ってきて、安室はコナンの前にそれを置いた。

「うん。今から友だちがここに来るんだ」
「そうなんだ。注文は友だちが来てからにするかい?」
「うん。そうするよ」
「ゆっくりしていってね」

人もまばらなこの時間帯は、あまり忙しくはないのだろう。安室は机拭きをしながらコナンに話しかける。

「お友だちは何人来るんだい?」
「えーと。3人だけど、ひとり大人が来るって」
「へー、誰かのお母さんかな?」
「ううん。転けたところを助けてもらったんだって」
「そうなんだ。いい人だったみたいでよかったね」

安室はニコリと笑ってから、厨房の方へ消えていった。ふーとコナンは息を吐き出す。どうにも彼の探るような目にはなれない。
置かれたお冷を一口含む。もうそろそろ彼らが来る時間だろう。
(ありささんに迷惑かけちまったなー)
優しい彼女のことだ。転けた歩美を見て走りよったのだろう。時刻は4時。あの人また喫茶店なんかにきて、仕事は大丈夫なんだろうか。


ーー


「ついたぞー!」
「コナンくんいるかなー?」
「さ、入ってみましょう!」

「あ、待ってください!」

歩くこと数分。ポアロが近づいた途端に、子どもたちは走り出した。勢いよく扉を開けて、少し離れたありさにも聞こえる声でこんにちはと元気よく挨拶する。そしてコナンを見つけたらしく、彼らは中に入っていった。

走って追いかけてポアロの扉のドアノブに手をかけたる。からんからんと鈴を鳴らしてゆっくりと扉を開けた。若干息が上がっているは気のせいだ。

「もう、急に走らないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」
店の中に入って、コナンを見つけてはしゃぐ彼らをたしなめる。
「おめぇらあんまありささんに迷惑かけんなよ」
「ごめんなさーい!」
コナンも呆れ気味にそいうと、またも元気の良い謝罪が聞こえてなんとも憎めない気持ちになった。

「あれ、今日は梓ちゃんはいないんですね?」

とりあえず席につこうとして、店に入ると元気よく聞こえる梓の声がないことに気づく。
「ああ、今日はね」
コナンが何か言いかけたところで、それをさえぎる声が聞こえた。


「いらっしゃいませ」


厨房の奥から聞こえる声。特徴的なトーンの爽やかイケメンボイス。シャンパンゴールドの髪と灰色がかった深い青の瞳が脳裏をちらつく。どうにも聞き覚えのある声にぎくりとしてありさはカクカクと厨房の奥に視線を向ける。
(うそうそ待ってください。この声って…!)
そんなわけあるか。あの彼の声が街の喫茶店から聞こえるなんて。しかもいらっしゃいませって言ってる。この文言は客じゃなくて店員だ。きっと声がすっごく良く似た誰かさんだ。

ありさは混乱して脳裏に自問自答が流れ続けているが、表情は笑みのまま崩されていない。若干固まってはいるが流石である。
時がゆっくりと流れる。誰かが厨房から歩いてくる。こつこつりと靴が鳴る。綺麗な髪が照明の明かりで輝いたところでありさは悟った。

(あ、ここ毛利探偵事務所の下ですね)

なるほど彼がいるわけだ。
迂闊だった。毛利小五郎と接触したと言っていたときにこの可能性を考えればよかった。ごめんなさい降谷さん、あなたの捜査の邪魔をしてしまいます。今すぐ帰りたいけどそれも出来ません!!
すっと手足が冷えていく。店の奥から顔を覗かせた彼が顔をあげつつ話した。

「すいません、今日梓さんはお休み…!」
ぱっと彼と目が合う。青の瞳がありさを、捉えた途端にゆっくりと見開かれる。言いかけた言葉は不自然に止まって、降谷はただ彼女のことを凝視していた。

(…ちょっと待ってください降谷さん、どうして降谷さんはびっくりしたみたいな顔してるんですか。あなたならしれっと表情崩さずに対処するでしょう。初対面で通すんじゃないんですか、私どんな顔しろって合図ですかそれ!!)

ありさは冷や汗まで伝う思いだった。時にして数秒間。しかしありさにとってはそんな生易しい時の流れではなかった。彼はなんというんだろうとヒヤヒヤしている。あのとかそのとか適当に声をかけたいが、彼がありさの予想していなかった態度をとっているためこちらからは何もしないのが正解だろう。

「あの、もしかして前に現場にいた鑑識員さんですか?」
間違っていたらごめんなさいと付け足して、彼は不安そうに問いかける。眉をはの字にして、愛想のいい表情を見せた。ああ、この人懐っこさが安室透なんだなと把握しつつ、ありさは一瞬驚いた顔を作ってから、目の前で両手を合わせてニッコリと可愛く笑った。

「…ああ!あのときの探偵さん!覚えてくださっていたんですね」
「よかった。すごく真剣な瞳をする女性だなと思って覚えていたんです。間違っていたら失礼だなとちょっと不安だったんですよ。こちらこそ、覚えていていてくれたんですね。嬉しいです。あのときは直接お話ししませんでしたし」

なるほどそういう設定か。知り合いにしたということは、今後も安室透に会いに来いということでまず間違いないだろう。そうでなかったら、ここであっただけの人間にするはず。

「自己紹介してませんでしたね。私は警視庁鑑識課の高峰ありさと申します」
「僕は安室透です。昨日から上に住んでいる毛利先生に弟子入りして、毛利先生に教えをこうためにここでバイトを始めてるんですよ」

丁寧に状況説明ありがとうございます。心の中でありさは彼にお礼をしつつ、空いている席に腰掛けた。
(安室透は僕って言うんですね)
些細なことだが、一人称が違うというのは新鮮である。降谷と安室に差別をつけるのではわかりやすい点だ。

「よろしくお願いしますね」
互いに柔和な微笑みを作って挨拶を済ませる。安室さんは降谷さんとは雰囲気が違うけれど、礼儀正しいところは同じらしい。
(安室さんと降谷さん。どちらにお会いする機会が増えるんでしょうね?)

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