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▼ 完璧な笑顔は簡単に

メニューを子どもたちとのぞき込んで、どれにするかを考える。

お冷を持ってきた安室が一緒にメニューをのぞき込んで、悩みますか?とありさに問いかけた。

「そうですね。ここはコーヒーを飲みによく来るんですが、いつもあまり時間が無い時にくるので食べるとなると悩んじゃいます」
じゃあ今は時間があるのかと聞かれると答えずらいが、こういう状況のため長居をしても大丈夫だろう。彼の状況を知るにも、必要な時間だ。

「お嫌いなものはありますか?」
「いえ、特にはないです」
「なら、このショートケーキなんてどうでしょう。梓さんが午前中にお作りになって」
「梓ちゃんが…!」

それは是非とも食べてみたい。甘いものは好きだし、彼女の作ったものなら尚更だ。セットはコーヒーでもいいけど、ケーキならアフタヌーンティーを意識して紅茶にしてみようか。

「ショートケーキと紅茶のセットにしてください」
「はい、わかりました」

安室は持っていたメモ用紙にさらさらと注文を書きとっていく。昨日始めたばかりと言っていたのに器用なものだ。場への順応さは目を見張るものがある。

子どもたちも好きに注文をしてもらって、安室は全てを書き終えてから少々お待ちくださいと綺麗に一礼をして厨房に下がった。


安室が下がった途端に、つんつんと体をつつく感覚がしてありさは隣りを振り返る。
「ねえ、ありささん」
「どうしたんですか?コナンくん」
小声で呼ぶ声に顔を近づけつつ小声で返すと、彼は厨房に視線を送りつつ問いかけた。

「安室さんと知り合いなの?」
「そうですよ。事件に探偵としていらしてたことがあって」
「…それってどんな事件?安室さんの様子ってどうだった?」

射抜くような真剣な視線。どこか降谷の瞳と合致するような気がするそれは、不器用ながらに裏を探ろうとしているらしい。
(問いかけ方が直球ですよ)
良くも悪くもきっとこの少年は正直だ。
「守秘義務があるのでお話できませんよ。どうしてそんなことを聞くんですか?」
「えっ。あ、いや。なんとなくだよ」
問の理由についてのこじつけは考えていなかったらしい。慌てて視線を逸した少年はお冷を一口含んだ。

あの降谷が小学一年生に疑われている。どんな登場の仕方をしたのかは知らないけど、この少年には裏があると思われているのだろう。ただの私立探偵ではないとか、小五郎の弟子をするなんておかしいとか。
どちらにしてもこの少年は聡明すぎる。そんなに聡明だと、こちらもあなたに裏があるんじゃないかとやはり疑ってしまう。

ありさは少し思案するそぶりを見せて、お冷をぼんやりと見つめている少年に安室の印象を伝えることにした。もちろん現場で彼にあったことなんて無いから空想でしかないけれど。
彼の思考には一体何が浮かんでいるんだろう。とにかく、当たり障りのないことを伝えておこう。今の私が彼を下手に庇うよりは自然だろう。

「…まあでも、私刑事ではないので安室さんと現場でお話することはなかったんですよね。お名前は聞いただけで特に覚えてませんでしたし。現場で見たときもしっかりしたイケメンってくらいで」

安室透と現場で会ったとすると、印象はこんなものだろう。私立探偵を名乗っているなら、きっと彼の性格上推理や知識を披露していくはず。だが、どの程度推理を披露しているかは私にはわからない。毛利小五郎の弟子になっているくらいだから、わざと推理を外すくらいはしていそうだけれど。
ありさが冗談めかして人差し指を立ててみる。するとコナンは半笑いの表情を作った。
「イケメンって」
「あれはモテますよね確実に」
「うーん。そうなんじゃない?」
だいぶんコナンは生返事きなってきたが、会話をそらすことには成功したらしい。今は上手く会話を誘導するより、微妙なそらし方をした方がいいだろう。聡明な彼は会話をそらされたことに気づいてしまうかもしれない。
ありさは稀に見るイケメンを前に興奮している女の振りを続けた。
「笑顔キラキラが眩しい方ですねえ」


「随分嬉しいことを仰ってくださるんですね」


ことりと、ありさの真横から腕が伸びてきて先程頼んだショートケーキが置かれる。視界の端にはシャンパンゴールドの髪がちらついており、彼の爽やかな声が耳の鼓膜に響く。甘い香りが鼻腔をくすぐる。
これまたかくかくとありさは首を回して彼を見ると、爽やかで美しい造形の笑顔が輝いていた。

(流石降谷さんですね)

ありさは安室が近づいて来る気配に微塵も気が付かなかった。彼は気配を消すことが天下一品である。そのくらいできなければあの組織を渡り歩くことなどできない。今更驚きはしないが、彼の技術に勝てる日が来るとはとても思えない。全くもってスキのない男である。
ありさは完璧な笑顔を向ける安室の瞳を見つめ返した。

「お世辞じゃありませんよ?」
「おや、本当ですか?」

見つめた視線は、安室からそらされた。安室がにこりと微笑み返すことはなかった。代わりに、完璧な笑顔が一瞬崩れた。らしくない。あの降谷が一瞬たりともその演技を崩すだなんて。


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