雨の季節が終わり、ようやく夏本番。…といってもやる事は変わらず仕事に邁進する毎日。自宅に帰れば恋人がいて何不自由ない生活。

そして8月を迎える。毎年この時期が私はちょっとだけ憂鬱だった。そして今年はその憂鬱の原因が少し違う。例年家族が顔を合わせるお盆の時期。父、兄家族とご飯を食べてお墓参り。そして世間一般の独身女性同様毎年この時期になると言われる一言。

誰かいい相手がいないの?早くいい相手が見つかればいいんだけど。

そう、去年までの私はその質問を受けてまぁいい相手がいればと苦笑いしながら甥っ子2人と遊んでいた。そう、去年までは。だが今年は違う。去年の秋から真島さんと付き合うことになり、一緒に住むようになって環境がガラッと変わった。要は小言を言われなくなる今年の状況。

だがしかし!

いくら世の中が自由恋愛と言われていても私の隣にいる恋人は普通の世界にいる人とは違う。私の父は真島さんの事を知っているからこそ交際を認めてくれた訳だが、事情を知らない人から見たら?そう、答えはノーだ。
…とは言っても兄も人の事を言える訳はないのだが、それを言えるかどうかは自信がない。今年は早々に兄からお盆に恋人を連れてくるようにと再三言われてきた。そして時間は待ってくれる訳ではなく今日がその日。朝から車に乗り込み、現在私の運転で向っている所だ。

「ほぉ、で、そのお兄ちゃんの奥さんってのはどんな人なんや?」

「綺麗なしっかりしたお嫁さんですよ。」

「ほぉ、そりゃ見てみたいのぅ…。」

「うっ…。」

やはりこうなりますよね。兄のお嫁さんもといお姉さんは神室町伝説のキャバ嬢だった人だ。一夜でそこら中の高級マンションが買えるほどの売り上げがあったそうだ。それが、兄と出逢ったことで一遍した。兄と結婚すると決めた後、すぐに煌びやかな生活から足を洗い、兄を支える為に家庭に入る。そして2人の男の子を産んで今は専業主婦として慎ましく生活している。

「ほぉ…。なかなか根性あるお姉さんやないか。ますます興味湧いてきたのぅ…。」

「…ですよね。」

やはりそうなるよね。女性の私から見ても綺麗なお姉さんを前に真島さんがどんな反応をするのか。もやっとした気持ちが徐々に自分の中を占めてくる。だから嫌だったんだ。真島さんを連れていくのが。

「なんや、急に黙りこんで。」

「何でもないです!」

真島さんは何かに気づいたのかイヒヒと笑っている。私は勿論面白くない。黙ったままハンドルを握り、早く家に帰りたいとさえ思っている。

「椿、妬いとるんやろ。」

私の腕を嬉しそうにつんつんと指で突いてくる。そうだ、妬いてますと言えればいいのだけれどこんな時の私は本当に可愛くない。

「運転中なんで止めてください!」

アクセルを踏んで前を向くだけ。そう、可愛くない。早く今日一日が終わればいいのになんて思っている。

◆◇◆

「思ったより早かったな。」

「お兄ちゃん。あの…。」

私が来たことよりも視線は全て私の隣に。真島さんは丁寧に挨拶をして手土産を渡している。うん、まずは上々の滑り出しといった所。もう少しラフな格好でもいいと言ったけれどこれでいいと今日はシンプルな黒のスーツに身を包んでいる。

「じゃあ、墓参りからするか。」

「うん。」

父は今日、用事があって来れないとのこと。近くのお墓まで歩きながら甥っ子2人と並びながら歩く。最初は警戒している様子だったけれど真島さんが甥っ子2人に話しかけると2人共嬉しそうに話している。子供に懐かれている真島さんを見ながら珍しい光景だなぁと思う。

お墓周りを掃除して綺麗に水をかけて各々腰かけて目を閉じる。線香の香りがして心鎮まる瞬間。毎年変わらないお墓参りの行事だが、今年はやはり隣りに真島さんがいることで違うなぁとそんな事を思う。真島さんをそっと横眼で見るときっちり手を合わせて目を閉じている。変わらず綺麗な横顔だなぁとふとそんな事を。

「じゃあ、終わったし、お昼にしましょう。」

わぁーいと甥っ子達がはしゃぐ声。そして真島さんは兄に声を掛けられて何かを話している。私はどうしていいか分からずいるとお姉さんから声を掛けられる。

「椿チャン、手伝ってくれる?」

「はい…。」

料理上手なお姉さん。私が手伝えることはあるのかと思いながらも台所の横に並ぶ。渡された食材を切りながらお姉さんとの久し振りの会話。真島さんは兄と先におつまみを片手にビールを飲んでいる。

「椿チャン、料理やるようになった?」

「まだまだですが、少しはやるようになりました。」

手際よくなったねと言われて嬉しくなる。やはり真島さんとの生活が始まって随分自分も変わったようだ。

「ねぇ、あの人、嶋野の狂犬?」

「あっ…。」

思わず包丁を動かしていた手が止まる。お姉さんはやっぱりと言いながら昔見たことあったからと一言。やはり私の世間はとても狭い。結局私の世界はほとんどが神室町なのだろう。

「昔みた時はほんとギラギラした感じの怖い人だと思ったけど、久し振りに見たら雰囲気が変わった気がする。」

「そうですか?」

私は昔の真島さんを知らない。あくまでも話を聞いただけの昔の真島さんは狂犬と言われて暴れていたそうだ。まぁ、今も少しその片鱗は残っているようだが、組が大きくなった現在は組長として落ち着いているようだ。

「椿チャンのお蔭なのかもね。」

「そうですかね…。」

何だかそう言われると気恥しい気持ちになる。よく人に私が変わったと言われるが、真島さんも私と出逢ったことで変わったということなのか。恥ずかしい気持ちからそれは嬉しさに変わる。

「お昼、できたわよ。」

やったぁ!と甥っ子達がバタバタと走る音。そして兄と真島さんが静かに立ち上がりテーブルに。去年とは違う私の横にいる存在。それはやっぱり嬉しい変化だった。


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