祭囃子の音、カランコロンと下駄の音。真島さんが私を連れたってきたのは近くの神社だった。幼い頃、父に連れてきてもらったことがあるお祭り。大人になった今ではめっきり足が遠のいていた。1人で祭なんて楽しむ術を持ち合わせていなかったからだ。
「真島さん…あの…。」
さっきの件と言いかけるとそれは後やと告げられる。
「今は祭を楽しまんとなぁ…。」
スーツの上着を脱いで腕を捲り、結んでいたネクタイを緩めている。やっぱりかっこいいなぁ。素敵だなぁ。手が届かないけれど。そんな苦い想いを抱えていると歩いている人にぶつかって転びそうになる…。
「大丈夫か、椿チャン。」
抱きかかえられている状態。汗の匂いと混じって真島さんの煙草の香り、香水の香りが鼻を掠める。赤くなる顔をさっと隠しながら大丈夫ですと告げる。真島さんは何や、ちゃんと謝らんかいと怒っている。私は急いで冷静になって真島さんの腕を引いて宥める。
「私がぼーっとしていたから悪いんです。」
「ほな、これやったら問題ないやろ。」
真島さんは目の前にそっと自分の手を差し出す。私がきょとんとしていると痺れを切らした真島さんは私の腕を取る。
「これで楽しめるやろ。」
いつもは早足な筈なのに私の歩調に合わせてゆっくり祭の中へ。あぁ、やっぱり駄目だ。そう、いつだってこの人は優しくて狡い人だ。3年も拗らせてしまった想いはやっぱり簡単には切れない。複雑な気持ちを抱えながら私は祭を楽しむ真島さんを見てそんな事ばかり思っていた。
◆◇◆
「ちょっと、この辺で休憩しよか。」
「そうですね。」
私の手には持ちきれない祭の品。綿あめの袋、スーパーボール、そして今、舐めているりんご飴。真島さんの手にはビールの缶。
神社の隅にある石段に腰かける真島さんの横に並びながらりんご飴をちびちびと舐め齧る。あと少しで花火が上がれば今年の祭も終わり。
この花火を毎年家から一人眺めていた時はいつも複雑だった。来年、再来年…。真島さんはいつまで訪ねてくるのだろう。いつかは解放してあげなければ…と。そして自分の気持ちも。
「毎年なぁ、この日が来るのを楽しみにしとるんや。」
「えっ…。」
真島さんは煙草に火を点けながらそう告げる。その言葉をどう受け止めていいのか分からない。期待していいのか。そう、迷うようなその言葉。
「椿チャンがほんまに嫌で嫌でしょうがないんやったら今年で来るのは最後にしとく。」
「そんな訳…。」
言いかけた所でパンと乾いた音と共に夜空に大輪の花が。反射的に空を見上げてその様を見る。やっぱり綺麗だ。
「俺は、椿チャンに惚れとる。」
「えっ…。」
花火を見上げていた顔を横に。想定していない言葉に驚き、そして顔が紅くなる。きっと今、手にしているりんご飴と同じような色をしている筈だ。
「私…だって毎年、この日を…楽しみにしていました。」
そう、負けだ。完全に。あんなにも強く諦めようとしていたのに。その言葉に真島さんはそうか…と嬉しそうに私の手を取る。まだ花火の途中なのに…。
「帰ってゆっくり部屋からみよか。」
「…はい。」
耳元で低く囁かれた声。握っている手はぎゅっと離れないように繋がれている。
人の一生なんて刹那。それでもこんな風に一瞬、一瞬で何かが起こる。そして、思うことがひとつ。
“後悔しないような選択をすることが最良だということだ”
「真島さん…。」
好きです…と言いかけた言葉は唇によって塞がれる。
「あとで2人になった時にゆっくり聞かせてもらうで。」
恥ずかしくなって俯く私。
それを見て笑う真島さん。
3年の月日を経て私と真島さんの関係性が今日、変わろうとしている。
まだ私の今年の夏は終わっていない。
手をつないで
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