月めくりカレンダーの七月を剥がし、八月が顔を出す。
今年もこんな時期か。
そう思いながら毎年楽しみにしていたこの時期。
でも、今年は違う。

いつもだったら浮足立っていた気持ちを鎮めて冷静にその日が来るのを待つ。
3年なんてあっと言う間だった。
本当に人の一生なんて宇宙の歴史に比べたら刹那。
ちょうど今、外で鳴いている蝉の一生のように儚くて脆い。
本当は一歩進んで手を伸ばせばあったかもしれない瞬間を取り逃して3年なんて月日はすぐにきてしまった。

さぁ、諦めの時間。
いつまでもあの人をここに縛り付けておくのなんて酷だ。
私の父がよく言っていた言葉を借りるのであれば“ケジメ”
そう、決着をつける時。

それからすぐのことだった。毎年同様真島さんからこの日に行ってもええかと連絡が来る。毎年逸る気持ちで送っていた返信も今年はひどく冷静に受け止めて大丈夫ですと簡素なものに。

そしてその日はあっという間にやってきた。
この暑い中、汗一つ流さず黒いスーツに身を包んだ真島さんが家に。
そして仏壇の前に向かい手を合わせている。

私はその間に冷たい麦茶と毎年持ってきてくれる大きなスイカを静かに切る。この日だけは特別に上物の線香にしている為、いい香りが部屋に立ち込める。外からは蝉の声、生ぬるい風と共に鳴る風鈴の音。暦の上では立秋なのにまだまだ残暑は厳しい。

「真島さん、ここに置いておきますね。」

「悪いのぅ…椿チャン。」

真島さんは麦茶のグラスに手をつけているのを見て思い出したかのように用意していた灰皿をすっと前に差し出す。

静かな時間。お互いの近況の話をしたりするのが通例だ。…といっても私も1年の間で大した事柄がある訳ではない。真島さんのようにスリルに満ちた生活を送っている訳ではない。真島さんの煙草が3本目になった時に私は意を決した。そう、時は満ちた。

「真島さん、今年で父が亡くなって3年になります。」

「そうやのぅ…。時が経つのも早いもんやな。」

私の父である嶋野が亡くなって3年。そう、所謂一つの区切りだ。真島さんは私の父である嶋野の為に毎年線香をあげにきてくれる義理堅い人だ。そう、とても義理堅い。でも、私は時に思う。いつまでこんな風に来るのだろうか。突然始まった物語。いつかは終わらせなければならない。

「真島さん、今年で最後でいいですよ。」

「何がや。」

ちょうど吸い終わった煙草を灰に落としていた所だった。すっと自分の方に顔が向けられてじっと見られる。嫌な汗が流れるのを背に感じながら私は用意していた言葉の数々から何を言えばいいのか取捨選択。

「来年からは来なくても大丈夫ですから。」

選んで噛み締めた言葉。真島さんはその言葉を聞いて黙ったまま。さっきとはまた違った静寂が空間に広がる。嫌な静けさ。やっぱり、生ぬるい言葉を選ばない方がいいのかもしれない。

「迷惑なんか?」

「………。」

私の先の言葉を読み取るように返してきた返答に今度は私が黙る番。迷惑…なんかじゃない。でも、言えない。結局私と真島さんの関係は父を介してあるようなものだ。父がいなければこんな風に話をすることもなかっただろう。そんな脆い関係だ。

「椿チャン、この後時間あるか?」

言葉を選んでいた私に意外な言葉が投げかけられる。そして反射的に頷く。さっきまでのじっと見るような真剣な眼差しからいつもの表情に変わり、ほな、行こかと。まるでさっきまでの会話がまるでなかったかのように。


01




|
×
- ナノ -