じゃあ、行ってくるね。ゴロちゃん。
目の前の水槽に向かってそう声をかけると嬉しそうに泳ぐ金魚。あれから支配人と顔を合わせることなく店を辞めた。あのまま店にいればきっと迷惑をかけるし、自分が自分でいられなくなるような気がしていた。一晩限りの関係から全部欲しいと思ってしまう自分がいたからだ。それくらいあの日の夜は今でも忘れられないくらい素敵だった。だからこそ思い出は良いままで持っておきたかった。

蒼天堀を後にして辿り着いたのは神室町。
ここだと誰も知らない。ここだと新しく生まれ変われる。
そんな風に思いながら今日も夜の蝶として働く。

それなのに…。

お囃子の音が聞こえてなんとなく足が向く。神室町でもお祭りはあるんだと思いながら1人何をするでもなく歩く。そして一つの出店。

「ネェちゃん、今ならサービスするで。」

「いや、私、そんなに上手じゃないんで。」

ええから一回サービスやと言われてポイと椀を渡される。そしてすぐに破れるポイ。やっぱりそうだ。あの頃と変わらない。あの時の支配人、たくさん取ってたなぁ。素敵な思い出なのにやっぱり思い出すと胸が痛くなる。

「壁すくいのゴロちゃんに任せとき。」

「えっ…。」

声を掛けてきた屋台のおじさん…ではなく支配人が目の前に。驚きのあまり声がでない。そんな事に構うことなくあの頃と同じように金魚をすくっている。

「好きなん、選んでええで。」

「家にはすでに金魚がいるので大丈夫です。」

「そうか…。」

「金魚以外でもええんやで。」

そういって支配人は自分の顔を指している。以前と打って変わった雰囲気に驚きながらもあの時の気持ちがじんわりと膨らんでいく。

「支配人は持ち帰れるんですか?」

「なんや、堅苦しいのぅ…。ゴロちゃんでええで。」

そういってあの時と同じように私の手を取る。あの時と違うのは私の手を取ってからすぐに耳もとで告げられた言葉。

「今度は逃がさんで。椿。」

あの時よりも少しだけ大人になった私はその言葉を返せるかもしれない。
たくさん暖めてたくさん閉じ込めていた愛の言葉の一つとして。










「あんなにひ弱やったのに、こんなに大きくなるもんやねんなぁ。」

「そうですよ。ゴロちゃん、ご飯だよ。」

そういって餌を水の中に落としていると真島さんは俺のことか?と言っている。金魚のことですよと話すと真島さんはにやりと笑う。

「こっちのゴロちゃんにも餌くれへんかのぅ…。」

差し出されてきた唇。私は微笑みながらその唇に自分の唇を合わせる。ふと背後で金魚が跳ねるような音がした。どうやら金魚のゴロちゃんにもこの恋は祝福されているようだ。

金魚すくい




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