86.氷の舞う空


「御自分が何をやっているのか分かっているんですか!」
「勿論。危険は承知の上ですよ」
「死ぬんですよ!?」
「まだ決まったわけじゃないでしょう?」
「いくらミノー殿でも、あの数のワイバーンを相手にするなどっ」
「俺一人じゃありません」

ポタポタと香の滴る髪をうっとおしそうに流しながら、ミノー殿は後ろを振り返る。
そこには彼のパーティメンバーがいた。
困ったように笑う者もいれば、やれやれというように呆れている者もいる。
見ていられないとばかりに目元を覆う者もいれば、ニヤニヤと笑っている者もいる。

「それに、騎士団の皆さんも協力してくれるでしょう?」
「避難誘導に人手を割きますから、数は減りますよ?」
「それでもいいです。勝算もないでもありません」
「どうする気なんですか?」
「リックなら障壁を貫いて攻撃できます。翼さえ潰して地面に落とせば何とかなるでしょう?その間は俺が引き付けます」
「魔力が残っていても、飛べない状態なら騎士隊でも倒せると思います。しかし、あの数を1体1体落としていくとして相当時間がかかるでしょう。その間にミノー殿はワイバーンの攻撃を受け続けることになります」
「まあ、何とか耐えて見せますよ」
「そんな」

無茶だ。
その言葉を何とか飲み込んだ。
ミノー殿がこれだけの覚悟を見せてくれたのだ。
私もそれに応えなければ。

「ところでクラウスさん」
「何ですか?」
「もし俺が生きたまま、ワイバーンを倒しきれたら。2週間何でも言うことを聞いてくれません?」
「・・・もし本当に街の人たちを救うことが出来たのなら、2週間と言わずにいつまででも」

私はミノー殿の手を両手で取り、頭を下げる。

「そこまではいいや、ずっとこの街に居るわけじゃないし」


▽▽


ワイバーンの群れはあと少しで接敵するだろう。
防衛線は十分な戦闘空間を確保できるように、街から少し離れたところで待機している。
俺と仲間たちは、その先頭部分に居る。

隣には大量の矢と魔力ポーションを用意したリックが控えている。
これから無理をさせてしまうのは少し申し訳ない。

「お前は本当に仕方ない奴だな」
「ごめんって」
「なんでこんなことしたんだよ」
「ん〜、だって、死なせるのは惜しいと思って」
「それだけじゃないだろ。欲しくなったんだろ、どうせ」
「まあ、それもある」
「お前、ああいう人好きそうだもんな」
「よくわかっていらっしゃる」
「はあ・・・」

話している間に、ワイバーンが近づいてきた。
もうすぐワイバーンの射程範囲に入るだろう。

「じゃあ、行って来るわ」
「死ぬなよ!」
「分かってるって!」

俺はありったけの魔力ポーションを入れたマジックバッグを腰に着け、魔力を巡らす。
ここからが正念場だ。

「ウィンディクロース。エアロジェット」

風の魔術でワイバーンの群れに向かって空を飛ぶ。
ワイバーン達はとっくに俺に気付いていて、威嚇するような鳴き声を上げている。
射程範囲に入ればすぐに大量の風魔術が飛んでくるだろう。

飛び立つ俺のすぐ横を通って、リックの矢が飛んで行った。
矢は1体のワイバーンの翼に命中する。
そして風の障壁を貫き、表皮に当たった瞬間に炸裂した。
その爆発によりワイバーンの翼膜に穴が開き、下へと落下した。
落ちたワイバーンは墜落の衝撃だけでかなりダメージを負ったようだ。
更に、騎士隊や冒険者がその周りを囲み、討伐しようと奮闘している。
俺は自分の身を守りながらワイバーンを引き付けておくだけでいい。
後は皆が倒してくれる。

「アイスシールド」

ヒュン、という音とともに風の刃が俺へと迫る。
それを盾状の氷を目の前に出現させて受け止めた。
着弾した風の刃は氷の盾の表面を削って消える。

盾で全方向覆うこともできるけど、匂いを遮断するわけにもいかないし、必要以上に大きく作っても魔力の無駄だ。
だから、盾の大きさは俺がギリギリ隠れるくらいのサイズにしてある。

次から次へと、風の刃が飛んでくる。
ワイバーンの群れに近づくほど数が増え密度が濃くなっていく。

「アイスシールド・・・・・アイスシールド・・・・」

風の刃は氷の盾をガリガリを音を立てながら削っていき、あっという間に割ってしまった。
流石に数が多すぎるな。
割れるたびに俺は氷の盾を張りなおす。

「アイスシールド、アイスシールド・・・・・アイスシールド」

群れに近づけば、当然攻撃も一方向からだけではなくいろんな方向から受けることになる。
攻撃が飛んでくる方向全てをカバーするように、俺はいくつもの盾を出して防いでいく。

一か所に留まると攻撃を受けきれないと判断し、高速で飛び回るようにする。
すると風の刃の大半は俺の後方を通過していき、着弾するのは何とか盾で防げる程度の量になった。
それでも、盾の表面はみるみる削られて行っている。
囲まれたらまずいのは分かっているので、ワイバーンの群れの周囲を旋回するように移動する。
できるだけ攻撃が来る方向は少ない方がいい。
何とか状況を安定させることはできた。

状況は安定しているが、飛行にも盾にも魔力は必要だ。
と言うか、さっきからガンガン消費している。
元々ある程度消費していたこともあって、結構残り少ない。
俺はマジックバッグから魔力ポーションを取り出して、一気に呷った。

この世界の一般的な魔力ポーションは、ゲームみたいに一瞬で魔力が回復するものではなく。
じわじわと回復してくるものだ。
回復速度に消費速度が追い付いてしまえば、どんなに飲んでいても魔力はそのうちなくなってしまう。
それに、飲みすぎれば中毒症状を起こすという厄介な特性もある。
魔力をいかに節約出来るかがこの戦いの鍵になるだろう。


▽▽


「魔術付与、ファイアボール」

魔術を付与した矢を弓に番え引き絞る。
魔力だって余裕がない。
一本だって無駄にできない。
俺はよく狙いをつけて矢を放った。
それは飛び回るワイバーンに着弾し、1体を撃ち落とした。

地面ではあちこちでワイバーンとの戦闘が行われている。
地面に落ちたとはいっても、風の障壁は健在だし攻撃魔術も放ってくる。
クラウスさんも騎士隊を指揮し、よく戦っている。

その中で、仲間たちの活躍は凄まじいの一言に尽きる。
グレンは墜落したワイバーンの首を一人で次々落としている。
アドルバートは他の冒険者と協力して戦い、ワイバーンの攻撃を引き付けている。
ダグラスは救護に回り、重傷者もすぐに戦線に復帰させている。
エド君はワイバーンを麻痺させ、その間に他の冒険者にタコ殴りにさせている。
レイヴンは一瞬で目を突き刺して、次々倒している。
これ皆がいなかったら落ちたワイバーンの処理も追いつかなかっただろうな。

俺はチラリと空を見る。
氷の盾を周囲に浮かべながら飛び回るミノー。
削られて舞う氷の欠片は、日の光を浴びてキラキラと輝いている。

俺はこんな状況でなければ美しい光景であっただろうなと、どこか勿体なく感じる。
俺はため息をついて魔力ポーションを呷った。


▽▽


ワイバーンとの戦いが始まって約1時間。
リックのおかげで2割近くのワイバーンが落ちていった。

それでもまだワイバーンの攻撃の密度は高く、油断するとすぐに盾を割られる。
魔力ポーションも何本飲んだだろうか。
僅かに吐き気と倦怠感が出てきているのを無視する。

集中力が落ちていたのもあっただろう。
風の刃と違う魔術が紛れたことに気付かなかった。

ダァン!
パリン!

「・・・っ、アイスシールド!」

まだ余裕があったはずの氷の盾が一瞬で割られた。
すぐに張りなおしたが、その隙をついて何発かの風の刃が通り抜けた。

痛ってええぇぇぇえ!!!

それらの風の刃は俺の左腕と脇腹に浅くない傷を作った。
鮮血が空に散る。

出血が止まらない。
傷を治すためにポーションは使えない。
使うと魔力ポーションの効き目が悪くなる。

俺は自分の体内の水分に意識を集中する。
血だって液体なのだから、理論上は水属性の魔術で操作することも可能だ。
俺は自らの血流を操作し出血を止めることに成功した。

とりあえず危険な状況からは脱した。
問題なのは体内の血流操作に、集中力と魔力を持っていかれ続けることだ。
これまで以上の苦戦が予想される。

それに、さっきの魔術についても考えなくては。
盾が割れるときに何か爆発音がした。
俺は考えながらも、風の刃とは違う魔術の気配を感じてそれを避けるように動いた。

ダァン!

「風の・・・爆発?・・・」

いったいどうやっているのか、風魔術で爆発を起こしているようだ。
俺はよく観察しようと周囲の魔力の動きに注意する。

ダァン!

どうやら爆発が起きる直前に周囲から引き込むように空気が移動しているのを感じ時取れた。
なるほど、圧縮空気か。
空気を事前に圧縮し、それを開放する時の膨張力を利用して爆発を起こしているのか。

今まで使わなかったのは俺の油断を待っていたのか?
使用頻度的に、この魔術が使える個体は恐らく1体だけ。
魔力感知でどの個体が使っているのか探ることにする。

「・・・・あいつだ。アイスコフィン」

俺は風の爆発を使う個体を見つけると。
障壁ごと氷で包んだ。
流石に羽が動かせなくなれば飛べないのだろう。
その個体は氷に包まれながら落ちていった。


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