85.脅威


「ロックゴーレムか・・・」

迫り来る魔物の群れを矢とミノー殿の魔術で殲滅すること7回。
倒すごとに出現する魔物の顔ぶれも変わってきていた。

最初はゴブリンのような弱い魔物であったの対し、
グレートウルフ、リザードマン、オーク、マーダーグリズリー、スケイルリザード、オーガと
段々強い個体が出現していた。

しかし、流石はミノー殿。
表皮が固い魔物に対しても、目の様に防御が薄い部分を狙うことで下級魔術一つで殲滅していた。

更に、魔物1体1体が強くなるごとに魔物の数は減って行っている。
数の圧力が減ったことで、スタンピードの勢いも大分衰えたと言える。

現在迫ってきているのは人間の2倍の身長はあろうかというロックゴーレムの群れだ。
非常に手強い魔物ではあるが、数は千を下回る。
後ろに続く魔物の姿がないところを見ると、この戦いも終わりが見えてきたと考えていいだろう。

「あれは無理だな、装甲が固すぎて下級魔術じゃ歯が立たない」
「いえ、ミノー殿のおかげで近接部隊の体力も魔術師の魔力も温存できました。これからは総力戦で行きます」

私は接近戦の指示を出し、全体指揮を執る。
冒険者は騎士の様に集団運用に慣れていないため、戦い方は各自に任せる。
3パーティで1体のゴーレムを担当させ、グループ毎の指揮者の裁量に従うようにする。
ただしミノー殿達には1パーティで戦ってもらう。
申し訳なくはあるが、実力は十分だと判断した。

そして私は騎士隊に指示を出す。

「大盾兵は常に3人以上で攻撃を受け止めろ!剣兵は攻撃後の隙をついて懐に入り込んで足を狙え!」

数の利を生かして、何とか攻撃を受け止め地道に削る。

「魔術師は詠唱を開始しろ!規模は中級!」

騎士隊の魔術兵は全員がほぼ同時に魔術を発動できるように訓練している。
大勢の兵が揃った詠唱を開始する。
それを聞きながら機を図る。

「近接兵は待避!」

号令に従い兵が退いた直後、数々の魔術がゴーレムたちを襲う。
固い装甲に罅が入っていく。
これを繰り返し、核が露出したら砕くだけだ。

「大盾兵は待機組と交代!後方で回復しつつ休憩しろ!」

最も負担が大きい大盾兵達を交代で休ませる。
手強い敵ではあるが、地道に削ることで大きな犠牲を出すことなく戦えている。

ちらりとミノー殿のパーティを伺う。
そこではロックゴーレムの固い装甲をものともせずに、次々切り伏せていく姿が見えた。
やはり、あの方々は規格外だ。


▽▽


ガラリと音を立てて最後のゴーレムが崩れ落ちる。

「終わった、のか」
「やった」
「勝ったんだ」

長い戦いの終わりに、皆喜びを口にする。
私も大きな犠牲を出すことなくスタンピードを殲滅できたことに、安堵のため息をつく。

あとはドロップした魔石を拾い集めて撤収しなければ。
私は騎士たちに指示を出そうとした。

「なんだ?・・・あれは」

近くにいた部下が目元に手を翳しながら、遠方の空を見ていた。
それはスタンピードの発生源の方角だ。
私もつられて同じ方向を見る。

「鳥?・・・・」

遠い空に浮かぶのは無数の影。
点の様に小さな影だが、辛うじて羽搏いているようなシルエットが確認できる。
しかし、あのように群れで飛ぶ鳥がこの地域に居ただろうか?

「いや・・・あれは!」

段々と近付いて来ることで、影の正体が見えてくる。
大きな茶褐色の体に鋭いかぎ爪と棘のついた長い尾。
その表皮は爬虫類を思わせる鱗で覆われている。
人を3人分並べても足りないくらいの幅がある翼は、羽毛ではなく骨と翼膜で形成されている。

「・・・・・ワイバーン」

無意識に口から出たのはあまりにも厄介な魔物の名前だった。

「そんな・・・」
「ワイバーンだって!?」
「あんな数・・・終わりだ・・・」

周囲から絶望の声が聞こえてくる。
無理もない、相手が悪すぎた。

ワイバーンは常ならば1体出るだけで百人規模の討伐隊が必要だ。
固い鱗や毒針のついた尾も強力だが、何よりも厄介なのはその風魔術だ。
常に表面が風の障壁で覆われていてあらゆる攻撃を遮断する。
矢など勿論受け付けないし、並みの魔術では障壁を貫くことすらできない。
中級の魔術でも、障壁に威力を殺され表皮を傷つけることも難しい。
また、単純に風属性の不可視の攻撃魔術が危険でもある。

あれを討伐する際、通常は魔術で障壁を削り続ける。
そしてワイバーンの魔力が切れて初めて攻撃が通るようになるのだ。
翼を奪い地に落とすことさえできれば剣が届く。
鍛えられた騎士達であれば討伐することも可能だ。

しかし今回のワイバーンの群れは目測で約500体程いる。
どう考えても、障壁を削る魔術の手数が足りないし、一斉に攻撃魔術を放たれただけで戦線が瓦解するだろう。

何よりも敵は飛んでいるのだ。
防衛線など無視して人の多くいるアーネストの街を狙うだろう。

そこまで思考して歯噛みする。
このままでは街を守ることが出来ない。

「ミノー殿達を呼べ」

私は一つの決断を下さねばならなかった。


▽▽


「お呼びですか?」
「貴方方にお願いがある」
「あれを倒せってのは無理ですよ?」
「いえ、それは分かっています。ミノー殿には民間人の避難時の護衛をお願いしたい」
「護衛?」
「すぐに住人たちは出来るだけ遠くに避難させます」
「今からじゃ間に合わないと思いますけど」
「時間を稼ぐために私たちが囮になります」
「そんなことできるんですか?」
「これを使います」

私は万が一の時のために用意していた瓶を見せる。
中には透明な液体が入っている。

「魔物寄せの香を濃縮したものです。私がこれを着け、ワイバーンを引き付けながら町から離れます」
「人に着けなくても、町から離れたところに撒いておけばいいのでは?」
「これは魔物の敵意を煽るもので、動くものに着けなければあまり効果がありません」
「それじゃクラウスさんは・・・」
「間違いなく助かりませんが、民間人を守るためにはそれしかありません。そうしてさえどれだけ時間が稼げるかわかりませんが」

いや、全力で逃げたとしても、すぐに死ぬ可能性のほうが高いだろう。
それでも私が稼ぐ1分1秒で一人でも多くの人が助かる可能性があるのならばやるしかない。
瓶を持ってない方の手に力が入る。

「クラウスさんにも家族がいるのではないですか?」
「彼女たちは・・きっとわかってくれます」
「・・・騎士道・・・ですか・・・」
「そんなに奇麗なものではありません。街の中には私の大切な人たちもいます。その人たちに助かってほしいだけなんです」
「うん、でも・・・そういう人、好きですよ」
「それは・・・っ何をする!」

ミノー殿が私の手から瓶を引っ手繰った。
私は反射的に取り返そうと手を伸ばす。

「なっ!・・・」

そのままミノー殿は瓶の中身を頭からかぶってしまった。
バシャバシャと音を立てて髪を濡らし、服に染み込んでいく透明な液体。
香の匂いだろう。
あたりに爽やかなハーブのような香りが広がった。

「これで」
「なん・・」
「俺が囮になるしかありませんね」
「なんてことを・・・」

何が楽しいのか、ミノー殿が笑顔で俺に告げる。



[ 85/107 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -