84.スタンピード


冒険者たちが防衛線加わり、あとはスタンピードの到来を待ち受けるのみとなった。
順次斥候からの情報を受け取り、スタンピードが確実に近づいていることを確認する。
待つ時間が異常に長く感じる。
今回の戦いを指揮する立場として、緊張しているためだろう。

「魔物集団の到着まで30分予定!総員接近用意!」

風の魔道具を使って隊全体に響き渡った私の声に、騎士隊も冒険者も全員緊張が走った。
冒険者はそれぞれパーティ毎に固まって武器を構え、騎士の前衛は盾を構え後衛は弓を持った。

30分が常以上に長く感じる。

「来た!」

声を上げたのは誰だっただろうか。
まだ点にしか見えないほど遠い位置にいるが、確かに魔物の群れが此方に向かってきていた。

点だった魔物達が段々と近づいてくる。
もう走っている姿がはっきり見えるくらいだ。
その夥しい数に、周囲の部下たちが息を飲むのを感じた。
集団の横幅はこの街の幅よりも小さいくらいなのが救いだろうか。
ただその列はどこまでも続いていると錯覚させるほど長い。
ダンジョンという狭い入り口から溢れ出て一直線にここに向かってきたから、こういう細長い縦列の集団になったのだろうか。
先頭から順に処理していけば囲まれにくいという点では此方にとって都合がいい。
ただし、対応が遅れれば囲まれて全員詰みだろうが。

どうやら先頭集団を構成しているのはゴブリンやワーウルフ、コボルトなどの低級の魔物達のようだ。
勿論、数は力だ。
低級の魔物と舐めていれば、あっという間に飲み込まれて骨にされるだろう。

そろそろ、魔物の戦闘が弓の射程範囲に入る。
一般的には弓矢のほうが魔術より射程距離が長い。
そのため、最初は弓のみでの攻撃を行う予定だ。

「可能な限り遠距離から殲滅する!弓兵は発射準備。合図と同時に放て!」

騎士隊の弓兵、弓を持つ冒険者が矢を弓につがえている。

「3、2、1、放て!」

ヒュン、という風を切る音が周囲から聞こえる。
合図とともに矢が放たれた。

「なっ」

あちこちで呆気にとられた声が聞こえる。
私も驚いた中の一人だ。

放たれた大量の矢が魔物に向かって飛んでいく。
ほぼ全ての矢は放物線を描いて飛んでいくのに対し、1本だけ明らかに異常な矢があった。
いや、それが矢だと認識できた人間のほうが少ないだろう。
赤い閃光にしか見えないそれは、ほぼ水平の軌跡を描きながら魔物の先頭に向かって一直線に吸い込まれていった。
そして、そのまま直線状の魔物を貫通しながら彼方へと消えていった。
矢の通り道にいた魔物達は風穴を開けられ、バタバタと倒れる。
魔物の群れに道ができてしまった。
なんだあれは。

「だ、第2射用意!」

しかし、すぐに冷静になる。
魔物の集団を割ったといっても、矢が通った狭い範囲のだけことだ。
それ以外の魔物は依然向かって来ている。
攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

「3、2、1、放て!」

大量の矢と異常な矢が放たれ、先ほどと同じことが起きる。
それが何度も繰り返された。

先頭に近い魔物達は次々射殺されていく。
そのおかげで魔物達の進行の速度が下がった。
矢に倒れた魔物達は魔石だけを残し消えていっている。
スタンピードはダンジョンから発生した魔物だからか、死んだ後に消えるというところも同じようだ。

「魔術師は詠唱を開始!完了次第順次魔術攻撃!範囲の大きな魔術を使用しろ!」

じわじわ近づいてくる魔物の群れが魔術の射程範囲に入った。
それにより新たな指示をだす。
魔術の規模も詠唱の長さも使い手それぞれ違う為、やや自由度の高い指示にしている。

『すべてを燃やし尽くす炎よ、我が手に集いてーーーー』
『荒れ狂う風よ、天を逆巻きーーーーー』
『大地に秘められし破壊の力よーーーーー』

あちこちで魔術の詠唱が開始されるのが聞こえてくる。
広範囲を巻き込む魔術を放とうとしているのもあって、詠唱は長めだ。

「アイスニードル」

その中に一人だけ、明らかに短い詠唱を行うものがいた。
そして、魔術名だけの省略した詠唱で下級魔術を発動した。
直後、右翼の一角を中心にして放射状に無数の鋭く尖った氷柱(つらら)が発射された。
それは魔物の群れの端から端までカバーするほどの幅があり、
弓兵が放っていた矢の雨を一人で再現したかのようだ。

ただし、その氷柱達は先程の矢とは対照的に、曲がりくねった軌跡を描きながら魔物に向かう。
魔物を貫いた氷柱は緩いカーブを描きながら次の魔物へと飛んでいく。
特筆すべきは1本の氷柱で1体の魔物を確実に屠っている所だろうか。
脳天や心臓など、急所を的確に貫いている。
それぞれの氷柱が独立して、魔物を貫通しては次の魔物へと向かっていく。
そして大きな円を描くように魔物の群れの中を暴れまわる。
無数の氷柱が描く軌跡は、まるで巨大な氷の竜巻が魔物の群れを蹂躙するかのようだった。

やがて、氷柱が暴れまわる範囲に一切の魔物がいなくなる。
そうなると、氷柱達は一斉に魔物の群れの発生源の方角に飛んでいき、
さらに多くの魔物達の命を奪っていった。
スタンピードの先頭はもう矢の射程範囲よりも遠くなっていた。

目の前で起こった光景が信じられなかった。
周囲の全員があんぐりと口を開けていた。

広範囲殲滅魔術?
いや、それは何十人もの魔術師が協力して放つものだ。
そんなものの準備はしていない。
それに、あれが起こる直前に聞いた詠唱は明らかに氷系統の下級魔術のものだった。

ありえない。
私の中の常識が、今の状況を理解するのを拒否する。
ある程度魔術の知識があるために余計に。

放った後の魔術を操るというのはそれなりの高等技術だ。
しかし、魔力の制御に長けた魔術師ならば出来ないでもない。
だが数kmに及ぶ範囲内であれだけ自在に操れるような魔術師など宮廷魔術師ですらあり得ない。

何より問題なのはその数だ。
数百、いや数千に及ぶ魔術をそれぞれ独立して操作していた。
魔術を独立して操作するなど、2つですら難易度が高い。
左右の手で違う文章を書くようなものだ。
それを、数千だと?
魔術の技量だけではない、どんな頭の処理能力があればあれだけのことが出来るのだろうか。

「ーーーーーょぅ、隊長!」

部下に呼ばれる声で我に返る。
そうだ、スタンピードは続いている。
指揮をとらなければ。

「魔術師は一時待機、弓兵は射撃用意!もう一度引き付けてから発射する!」

それから。

「先程の魔術を放った冒険者のパーティを探せ。確認したいことがある」
「はっ!承知しました!」

傍に控えていた伝令役に命令を下す。
あれだけの実力者、間違いなく戦局を左右するだろう。

待つ事数分。
使いに出した部下が戻ってきた。

「貴殿達でしたか。お呼び立てして申し訳ない」
「お気になさらず。何かありましたか?」
「先程の魔術についてお聞きしたい」

私は指揮を一時副隊長に引き継ぎ、ミノー殿と会話することにした。

「単刀直入に訊きたい。先程の魔術は何回使えますか?」
「ん〜。魔力の回復分を考えないで10回ってところですかね」
「そんなにですか!?」

あれだけの攻撃を何度も使えることに驚愕する。
そして、この方が味方として協力してくれることの心強さを感じた。

「ミノー殿。どうか中央本隊に加わっていただけないでしょうか。ミノー殿は間違いなく今回の戦いの鍵になります。力を貸していただきたい」
「え、ちょっと仲間と相談させてもらえます?」
「はい、お願いします」

ミノー殿は傍に居たパーティメンバー達に話しかけ、何やら相談している御様子。
それをただ待つ。

ミノー殿は、二言三言会話したかと思うとまた戻られた。

「いいですよ、合流します」
「感謝いたします!」

ミノー殿達を本隊に加えて、私は副隊長から指揮を引き継いだ。


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