52.外に出た
神殿を彷彿とさせる石造りの建物の中、魔法陣の中心に俺たち7人は立っている。
俺たちは遂にダンジョンから出てきた。
此処にいるのはコピーの体で、本体はダンジョンの中で今も眠っている。
その為外で死ぬことがあっても、何度でも復活することが可能だ。
装備はそれぞれ中で死んだ時と同じものと身に着けている。
ただし、俺は現代の制服では目立つため、駆け出し冒険者相当の装備に変更した。
麻の洋服に革鎧をつけ、片手剣を腰に下げている。
リックとほとんど一緒だな。
冒険者がダンジョンに入る朝方を避けたため、周囲に人は誰もいない。
静かな建物の中、俺たちは出口へと向かう。
「森だな」
建物から出ると、そこは森だった。
鬱蒼と茂る木々の中、1本の道が建物から伸びている。
「道が出来てるな」
目の前の道を見てリックが反応した。
「前はなかったのか?」
「なかった。冒険者しか使わないダンジョンのために道を作るなんて、普通しないんだけどな」
「100年の間に変わったんだな」
「こっちは王都の方角だな」
方角から道の続く先を予想する。
「お、丁度目的地だな」
「歩いても2時間ほどだ。向かおう」
グレンが出発を促す。
▽▽
王都まで移動する道中、俺たちは今後の予定を確認する。
「とりあえず冒険者登録するけど、みんな再登録するんだろ?」
「そうだな、俺たちは死んだことになっているし、別人として登録するべきだろう」
俺の問いにグレンが答える。
「じゃあ一緒に登録できるな」
「これだけの実力者が一斉に登録するとなると、素性を疑われそうだがどうするか」
「まあ、他国の傭兵とか言っておけばいいんじゃない?」
「傭兵から冒険者への集団転職か。まあ、珍しいがないわけではないか」
「もし疑われても大丈夫でしょ。調べても何も出ない訳だし」
「確かに100年前に死んだ冒険者と同一人物だと考える者はいないだろうな」
「そもそもそんなに詮索されるの?」
「犯罪にかかわっていたり、後ろ暗いことがあると判断されればあるだろうな」
「そっか。出来るだけ変な疑いは避けたいね」
「登録前に情報収集をしておくか」
「あまり情勢を知らないのも詮索されたときにまずいか」
「1週間程度は各々で情報を集め共有するのがいいだろう。ここ100年で変わったことの確認もしたい」
「登録を急ぐ必要もないしね。働かなくても金はあるし」
金なんて幾らでも出せたからな。
「何を調べる?」
俺が問いかけると。
「じゃあ俺は図書館でここ100年の歴史でも調べるかな」
とレイ。
「俺も図書館で地理や周辺国について調べようかな」
とリック。
「酒場でこの国の情勢を聞込みをしよう」
とグレン。
「店で経済について聞込みでもするか」
とアディ。
「じゃあ俺はエドと市場で物価の相場を調べる」
とダグ。
「じゃあ俺はー」
「ミノーはいい」
「え?」
「初めての外の世界なんだろ。好きに回って満喫しろよ」
「ありがとう、じゃあお言葉に甘えて」
▽▽
会話をしながら歩いていたらとうとう街に到着した。
街をぐるりと囲い見上げる程高い外壁は石造りで、町を守る役目を十分に果たすだろう。
さらにその外側には深い堀があり、門の部分には大きな橋が架かっている。
門の前には検問の行列ができている。
俺たちはその行列の後ろに並び順番を待った。
街には意外と簡単に入れた。
入門税はとられたけど、検問で止められずに済んだ。
ここが冒険者が世界的に集まる街で人の出入りが激しいからかもしれない。
昔はここまで緩くなかったらしい。
「まずは宿を取ろうか」
グウゥゥゥ
「その前に飯だな」
経験豊富なグレンがパーティの先導をしようとするも。
俺の腹の音で方針が変更された。
門を入ってすぐには大きな通りがあり、そこにはいろいろな屋台が所狭しと並んでいる。
目に留まったのは、何かの肉を使った串焼きの屋台だ。
炭火でジュウジュウと焼ける肉の音と匂いが俺の食欲を刺激する。
「何だミノーあれが食べたいのか」
「うん」
「俺が買ってこよう」
「買い物くらい自分で」
「良いから任せていろ」
子供扱いされてないかな俺。
まあ、常識は皆に習ったことしか知らないから実践できるか怪しいけど。
少し待っているとグレンが全員分の串焼きを買ってきてくれた。
さらに、大量に買うからと、店主からいろいろ情報を仕入れてきてくれた。
頼もしい。
「冒険者ギルドの場所を聞いて来た。この道をまっすぐ行って3ブロック程で右手に見えてくるそうだ。以前と変わっていないな。それからおすすめの宿を聞いて来た。今日はそこに泊まろう」
グレンの案内に従い宿にやってきた。
グレン曰く一般人が奮発して泊まる程度の高級さの宿だそうだ。
この世界の基準は知らないが、結構きれいなんじゃないだろうか。
俺が入口すぐでキョロキョロしている間にダグが部屋を取ってきてくれた。
8人部屋の大部屋が空いていたので、丸々貸し切ってくれた。
ベッドが一つ余るが仕方ないだろう。
部屋に付くとまずベッドを確認した。
「思ったより綺麗だ。ベッドもふかふかだし」
「そうだな、安い宿だとわらだったり木に布を敷いただけ、なんてことまあるからな」
元駆け出し冒険者のリックが反応する。
そういう宿に泊まっていたのだろうか。
「そうなんだ。ここはちゃんと布団で良かった」
「そんなに寝床を気にするタイプだったか?」
「だって、ヤル時に下が固いと辛いだろ。お前らが」
「そういう話かよ!」
「大事だろうが」
リックのツッコミに真顔で返す。
「それでこれからどうする?」
「まだ昼過ぎだ。これから分かれて情報収集に向かおうか」
「俺は一人でやりたいことがあるから部屋に残るよ」
「分かった。危ないことはするなよ」
「多分大丈夫だろ」
皆を見送って部屋に一人残った。
▽▽
やりたいことは自分の能力の検証だ。
ダンジョンで使っていた能力が外でも使えるのか確認したい。
特に分身とかスライム生成とか金の生成とか。
まずは試してみるか。
掌を上に向け、ダンジョンの中でやっていた時と同じように、金を生成しようとしてみる。
何も起こらない。
まあ、予想はしていた。
あれはダンジョンの中限定の能力なのだろう。
ダンジョンは言わば「俺が神として君臨するひとつの世界」だった。
だから何でもできたし、なんでも作れたようなものだろうしな。
一応、策は用意している
俺はこの人間の体にダンジョンコアの欠片を埋め込んでいる。
このコアを使えば小規模なりとも、あのスキルが使えるはずだ。
ーーー迷宮創造
何も本物のダンジョンを作るわけではない。
周囲の空間をダンジョン扱いにできればいいのだから。
迷宮化の結界、”異界化”といっていいかもしれない。
それが作れればその中だけは俺の世界だ。
俺はスキルを発動させる。
体内にあるダンジョンコアの欠片を中心に、迷宮化した領域が展開された。
成功だ。
成功だ。が、小さいな。
出来た領域は精々半径10pといったところ。
体の外に出ている部分なんて僅かなものだ。
これでは使い物にならない。
欠片ではこんなものなのだろうか。
何とかならないものか。
色々試してみるか。
▽▽
試行錯誤の結果、俺は領域を広げる方法を見つけた。
それは領域内で「出来ること」を限定することだ。
どうやらあの領域は、領域内で出来ることを増やすほど、能力のリソースが取られて範囲が狭まってしまうようだ。
最初に作った領域は何も考えずに作った。
空間内なら何でもできるという「万能」の能力を持った領域だ。
それを「無機物の生成能力だけをもつ」空間として展開する。
すると、できた領域は部屋全体を覆うほど大きくなった。
その状態で金の生成を行う。
「出来た」
俺の右手には山盛りの金の粒が出来ていた。
その代わりに体から結構な魔力を持っていかれた。
どうやら領域を作って能力を行使すると、効果に応じた魔力を消費する様だ。
この後俺は分身とスライム生成ができることを確認したところで魔力が底をついた。
▽▽
魔力がなくなったときにはぐったりしていたが、夕方になってみんなが帰ってくる頃には回復した。
宿で夕飯を食べた後、部屋に戻って報告会が始まった。
「ミノー」
「ああ、サイレンスフィールド」
俺は盗聴防止に風魔術の防音結界を部屋を囲むように張った。
これでどれだけ音を立てても外に聴かれることはない。
「まずは俺かな」
レイが話し出す。
「この国のここ100年の歴史について調べたんだが、80年前から50年前までに掛けて、他国とのかなり大きな戦争が何度もあったらしいな。全部他国から宣戦布告されて始まっている。それだけの戦争があったのに全勝して、王家は100年前と変わらない。いや、さらに力をつけているらしい。」
「戦争か。俺はあまり参加したくないな。戦争が多い国なんだったら他国に移ることも考えないとな。」
「戦争の原因は王都近くに現れたダンジョンをめぐってのものらしい」
「お前のせいじゃねぇか」
リックのツッコミが入った。
「次は俺だな」
リックが話し出す。
「100年前に比べて、東の王国と北の帝国が滅んでいる。というかこの国に吸収されている。おそらくレイヴンの報告にあった戦争で、返り討ちにした時だろうな。そのせいでこの国の領土がかなり拡大している。今じゃ大陸一番の大国だな。」
「次は俺が話す」
グレンが話し出す。
「酒場での聞込みの結果だが、主に冒険者の話を聞けた。殆どが欲望のダンジョンを目当てにこの街にきたそうだ」
「欲望のダンジョン?」
「ミノーのダンジョンだ」
「俺の?そんな名前がついてるんだ」
「人の欲望という物をよく理解しているダンジョンだと評判だ。飢饉のときには食料がドロップする様になったりと、空気を読みすぎだとも言われていたな」
欲望のダンジョンか。
もっと格好良い名前が良かったなぁと呟けば、ぴったりだろうとリックに言われてしまった。
「この国について聞いたところ、現在の王は賢王と言われていて善政を敷いているそうだ。税も安く、福祉にも力を入れているから住みやすいと言う意見が多かった」
「いい国なんだ」
ならしばらく滞在するのもいいかもな。
「次は俺だな」
アディが話し出す。
「いろいろ店を回って、この国の経済について聞いて来た。この国は欲望のダンジョンが出来てから経済発展が著しいらしい。金鉱山としての価値もあるし、現れるお宝目当てに人が集まるそうだ。それとダンジョン産の武具がいくつも国宝として国に買い上げられているらしい。この国が強いのはこれらの武具のせいだろう。国としてはかなりダンジョンの資源に依存しているな」
え、俺のダンジョン影響力有りすぎ?
「最後は俺から報告しよう」
ダグが話し出す。
「ざっと市場を見た感じだと、物価は100年前からかなり上がっているな。モノの値段が当時のおおよそ倍になっている。アドルバートの話を聞く限り、経済発展によって景気がいいのも影響しているだろう。」
「食料品と鉄が特に高いってことはない?」
「ないな、他と比べても戦争の兆候による物価の相場の偏りはなかった。」
「ならよかった」
「以上だ」
皆の報告を聞き考える。
「欲望のダンジョンか。経済的にも軍事的にも国を成長させすぎたな。」
「野心ある者が王になれば大陸統一も不可能ではないだろう」
「うーん」
どうしようかな。
「なあ、この国が大陸を統一したとしても問題ある?」
「そう言われると、問題あるわけではないが」
「開き直りやがったな」
「もっとよくない国だったら俺も何とかしようとしたかもしれないけど」
「いつ迄良い国かは分からないだろうが」
「まあ、もしこの国の上層部が腐ってどうしようもなくなったら、革命でも起こすかな」
「物騒だな、簡単に言うなよ」
「もしもの話だよ。もしもの」
そんなこんなで報告会は終わった。
「俺からもみんなに報告があるんだ」
周囲を迷宮化し、分身を4体作成する。
「それ」
「効果を絞ればダンジョンの能力が外でも使えることが分かった」
そして俺は今日検証した内容を説明した。
「お前は非常識な奴だな」
「不便が無くていいじゃないか」
「お前がいれば一人で軍隊が作れそうだな」
「出来るんじゃないか?時間かければ」
「絶対にやるなよ」
「やらないよ面倒くさい」
そんなことしてどうするんだ。
「せっかく分身出したんだし、今日はこのままヤろうか」
「そのために出したんだろ」
「全員に寂しい思いをさせないためだよ」
「誰が寂しがるって?」
「じゃあリックはいらない、と」
「いらないとは言ってないだろ」
リックは近くにいた俺の腕に手を絡めて抱き寄せた。
「じゃあ俺はこいつ」
レイが近くにいた”俺”の手を掴んで自分のベッドに引っ張っていった。
「行こう。お兄さん、パパ」
エド君が”俺”とダグと手を繋ぎながら、自分のベッドへ向かっていく
「ミノー俺たちも行こう」
グレンがまるで”俺”をエスコートするように肩を抱いて連れて行った。
「ミノー、こっちだ」
アディが近くにいた”俺”に声をかけベッドへ歩いて行った。
「俺たちも行くぞ」
腕を取られたまま、リックのベッドへ向かう。
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