「城阪警部補」 「……なに」 珍しく私の席を訪れたのは入間銃兎。 先ほどの左馬刻の件で機嫌の悪かった私は、コーヒーを淹れてから席に戻ったところだった。コーヒーの香りで落ち着いていた気持ちに再び波が起こる。 「いえ、左馬刻を釈放したことを報告に」 「なによ……今更」 「報告をしろとおっしゃったのはそちらじゃないですか」 傍から見れば愛想のいい笑顔なのかもいれないが、私にはせせら笑っているようにしか見えなかった。馬鹿にして。 どうせ自分の被害妄想だろうとは思うけど、そんな被害妄想に囚われている自分もなにもかもが嫌になる。 「結局、事後報告にはかわらないけれど、ね」 パイプ椅子の背もたれに寄りかかると、ギィと苦しげな音がした。そのまま睨みつけようと、入間銃兎にはなんの意味もない。それは経験からよくわかっていた。数秒間、視線が交わった後にこっちが根負けして、机上に視線を戻す。 「まあいいわ、あいつの顔も見たくないから」 「左馬刻が何か?」 「……いえ、なにも」 目をつぶったらフラッシュバックする左馬刻のあの表情。あんたになにがわかるって言うのよ。 浅はかな気持ちと自尊心でがんじがらめになっている。自分で自分の首を絞めているような感覚。いっそ息なんて止まってしまえばいいのに。それでも足掻いて呼吸をしようとしてしまう。 縋りつく隙もないような男を前に、とりとめのない気持ちが溢れて気持ちが悪くなってきた。 「ついでに、次は安易に捕まらないように伝えておいて」 事務的処理はやっておくからいいわ、そう告げて下がらせる。 良いように言えば弁えてる、悪く言えば私になんて興味のないであろう入間は、会釈をして背を向けた。 「・・・・・・私だってなにが正解かわからないのよ」 つい口から零れた言葉は、その背中に向けて放ったつもりではなかった。ため息と共に心の中まで漏れやすくなってしまったらしい。 あてもなく放たれたその言葉に何故か一瞬だけ、入間の足が止まる。 聞こえてしまったかと思って急いで顔を上げるが、何事もなかったかのようにそのまま去って行った。 うっかりとこんなことを呟いてしまった自分が嫌になる。 聞こえていただろうに、そのまま去って行ったのはやっぱり私に興味がない証拠、いや、なんの脈絡もないことを口走ったんだから、当たり前か。 自己嫌悪まで付随した感情はめちゃくちゃで、ほんとに「正解」なんてわからなかった。 せっかく淹れたコーヒーも口をつけられないまま冷えてしまった。 [←] | [→] |