「入間銃兎」
「これは城阪警部補、どうかされましたか」

探していた当人は簡単に見つけられた。フルネームで呼んだ後に、ヒールの音をたてながら近づくといつもの営業スマイルで対応された。それが本性じゃないことなんてとっくに知っているんだから。

「『どうかされましたか』……じゃないわよ!誰に許可取って左馬刻釈放しているの」
「ああ、それは……左馬刻のほうを釈放させていただきました」
「事後報告じゃない!」

少し大きい声を出すと、フロアの他の者が驚いたようにこちらを見た。
咳払いをしてから声のトーンをもとに戻す。
上っ面だけの笑顔を精一杯に睨みつけながら続ける。

「なんで許可を取ってから行動ができないの」
「どうせあのまま拘留しておくわけにもいかないでしょう」
「そう……ね、いい加減にあいつにも学んでもらいたいわ」

本日何度目かわからないため息をつく。
脳裏に浮かべているのはあのアロハを着たチンピラ。定期的に何か問題を起こしては捕まっているのだが、背後にいる組織が組織なのでいつも適当に釈放している。
どうせなら捕まらないでくれると嬉しいのだが。

「ところで警部補はいまお暇ですか?」
「暇、じゃないけど……何」
「いえ、頼みたいことがありまして」

尚更、愛想のいい笑顔を浮かべて聞いてきた。
流石に怪しいので警戒レベルを上げて返事をするも、入間銃兎相手では形無しである。自分でもわかっているんだ、どうせ頼みを聞いてしまうことくらい。



「なんで私が運転させられなきゃならないのよ!」

ハンドルを握りながら、せめてもの抵抗に叫んでみるとなにか小さく呟かれる。

「……断ればいいじゃないですか」
「何っ!聞こえない」

怒りのままにスピードを、出せるわけもなくパトカーは制限速度と交通ルールを順守して公道を進む。
どうせ呆れられているんだろうなとは思いながらも、都合のいい上司というポジションをやめられない。付き合ってもいない私はそれがなければ本当にただの他人になってしまうのだから。

「何でもないですよ、目的地はナビに入っているのでお願いします」
「タバコ吸うんなら待って、窓開けるから」

こっちが窓を開ける操作をしようとしているところなのにお構いなしにタバコに火をつける。やっと開かれた窓から煙が流れ出ていく。

最初は顔が好みだなって思っただけだった。
仕事もそつなくこなすし、長身で署の女性陣の中でも話題になっていたものあった。興味本位に近づいてみたら、タバコの煙と一緒で掴めず、あっこれは一筋縄ではいかないなと思った時にはもう追いかけてしまっていた。
同期に「あんたはわかりやすい女だよ」と言われているし、自覚もある。
どうせこの男も気づいたうえで都合がいいと思っているんだろう。そこはもうとっくに割り切れているつもりだったが、どこか悔しいし期待をしてしまっている自分もいた。
ため息の数だけ幸せが逃げるというし、私の幸せはもう逃げ切っているのかもしれない。
バックミラーに映り込む入間にちらりと視線を送ってから、またため息をついた。


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