日本一の人口を誇る横浜市。その横浜の平和と秩序を守るために横浜署は今日も忙しく働いていた。

「城阪さん、お時間よろしいでしょうか。ご報告が」
「何」

部下の声で書類から顔をあげる。
役職は上がれば上がるほどに増えるのは事務仕事で、手に持ったもの以外にも複数の書類が机に並んでいる。署名と捺印にどこまでの意味があるのかわからないけれど、これが主な私の仕事だった。どうせ現場の力が必要な仕事は男がやるだろうし、女性中心のこの社会ではこれっぽっちも不利なことなどないからいいんだけれど。

「拘留していた碧棺なんですが……」

碧棺、その名前を聞いただけで溜息が出た。碧棺左馬刻、それはこのヨコハマの地を中心に商売する暴力団の一員で、私の目下の悩みの種だった。

「また何かしたの?大人しくしていれば釈放だって言ったのに……」
「いえ、その……先ほど入間のほうが釈放したそうで」
「はぁ?」

反射的に出たその声と握りしめてしまった書類。自分で起こしたくしゃ、という音で自分を取り戻す。

「いえ、ごめんなさい。わかったわ、報告ご苦労様」

頭が痛くなってきた。先ほどの部下の表情から、自分がどんな顔をしていたのか想像がつく。何とか冷静を装って返答をするも、頭の中はもう報告内容でいっぱいだった。
握りしめてしまった書類のしわを伸ばしながら、溢れた不満が口からこぼれる。

「なんで、勝手に、する、かな!」

許可もなく碧棺左馬刻を釈放したのは巡査部長の入間銃兎、役職だけでは私よりも下になる。しかし、私はあいつに弱い。
あいつもそれをわかっていて勝手に振舞っているのだ。あの癪に障る笑顔が脳裏に過ぎるが……その顔がいいので悔しくなる。顔はいいのよね、顔は。

今度は深呼吸のつもりではぁと息を吐いて書類に目を戻すも、イライラしたままでは何も頭に入ってこない。同じ文字列を目で数回なぞってから諦めて書類を置く。
イライラしたままでは何も手につかないんだし、どうせなら気晴らしがてら注意でもしに行こう。
立ち上がり勢いよく戻した椅子で机の上のファイルが倒れた。


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