(15)涙




―――もう一人の、先生…?

アズキ、ヤイバ、イガの三人は、同時に呟いた。
突然渡された弁当、突然叩かれたイガの頬、突然現れたくノ一。
「突然」のことばかりが起こり、3人とも状況の整理が付かなかった。

ただ一つ、予期せぬことでナルトの計画が狂ってしまったということは理解できた。
まだ呆けている彼らを目の前に、コホンと咳払いをして、女性は立ち上がり、そして微笑んだ。

「みんな、驚かせてごめんね。ナルトくんからご紹介にあずかりました、日向ヒナタです。彼と一緒に、あなた達の指導をしていきます」

風が吹き抜ける。

「えっと、どうしてオレ達だけ担当教官が2人もいるんですか」

ヤイバが突然のことに戸惑いを感じながら尋ねた。
その言葉に少し動揺を見せたナルトは、ヒナタに目配せをして、尋ねた。

「どうする?言うか」

そうナルトが確認すると、ヒナタは首を縦に振った。
次に、何か含むその瞳をナルトへ向けた。

「その前に・・・・・・」

そうナルトに言って、イガの目線に自分の目を合わせ、ヒナタはゆっくり口を開いた。

「どうして、アズキさんを裏切り者と一方的に決めつけたの?」

「ヤイバの質問には答えないのかよ」と口の中でモゴモゴ呟き、ヒナタの目線から目をソラ逸らした。
しかし、横にそむけた顔は再びヒナタによって前に向けられてしまった。
顔を両手で固定され、イガはヒナタの目をまっすぐ見ることしかできなくなった。

「う…」

「さぁ、怒らないから、言って」

(怒らないって、もう頬を叩いているし…)

隣のヤイバがジト目しているのを横目で見て、イガはむすっと頬を膨らませた。

「顔ナシ――アズキ――は、力もないしそんなに頭もよくないし…。こいつが俺達を出し抜くためには、先生にすがるしかないって思った…と思う」

ヒナタの揺るぎない真っ直ぐな視線に動揺を示し、イガはたどたどしく、答えた。
口がわなわなと震えていて、「あー」や「うー」とうめき声を漏らしていて、自分で何を言っているのか考えて話すことをできていないようだった。

アズキは、彼のそんな様子を気にするよりも、「すがるしかない」という言葉に胸を突かれた。

確かに、自分は力もないし、頭もよくない。
誰かの力が無ければ、合格することは不可能だと、自覚していた。
しかし、それはナルトにすがることではなく、同じ試験を受けているヤイバとイガに協力を仰ぐべきだと感じていた。
いくら苦手な人間でも、これから一緒に任務にあたるのだから。

「あなたは」

ヒナタは一旦言葉を区切り、何か言い淀んでいる様子だ。
イガはヒナタに執拗に説教されると感じた。
優しそうで厳しい雰囲気を醸し出し、軽く受け流すことを許さない意志があると、まだ子供ながら感じ取ることができた。

「何を―――そんなに焦っているの?」

彼女の言葉に絶句して、イガは硬直してしまった。
目を見開いて固まったままのイガを見て、アズキもヤイバも彼の反応に驚き、固まってしまった。
彼が怒りや不満で感情を表すのではなく、逆に何も反応を示さないところを見るのは、初めてだった。
石像のようにピクリとも動かないイガを見て、本当に意志になってしまったのだろうかと、本気で心配し出したその時だった。

彼の目尻から光るモノが現れ、そして頬を伝って地面へ落ちて行った。

始めはそれが何か認識することができなかったが、ぽたぽたと次々と落ちるその様子から、ようやく涙であることが分かった。

「だっでっさ…っ、ごごでおぢだら゛っ…ひっく…ア゛ニ゛ギに…!」

((…!?!?))

目を丸くして、瞬きをして、頬を抓ってみた。
しかし、今目の前で起きている出来事は現実だった。

涙と鼻水で顔をクシャクシャにし、声も震えて何をいているのか正確に聞き取ることができない。

彼の鳴声は初見で、アズキとヤイバはどう反応すればよいのか分からなかった。
アズキは、だんだん自分が責めて泣かせたように思えて、悲しくなった。
気が付けば、アズキも泣いていた。

「お前が泣くことないだろう…」

ヤイバが呆れたように言う。
しかし、彼もまた目を潤ませている。

イガの涙が2人にも伝染してしまったようで、ピリピリと緊張した雰囲気がなくなり、3人の子供の鳴声だけが風に乗って、演習場に響いた。



泣きじゃくるイガの涙を拭きながら、ヒナタは優しく微笑んだ。

「ごべんなざい…っ」

イガが鼻をすすりながら、言葉を吐いた。

「うん。でも、それは私にじゃないよね」

「…ぐずっ…っ…うっ…あ……ぎっ…と…や…ば…にっ!」

「うん、そうだね」

よしよしとイガの頭を撫でて、涙が移ってしまったアズキとヤイバにも幼子をあやすように優しく頭を撫でた。

(なんだかなぁ)

そんなヒナタの様子を見て、ナルトは苦笑した。
なぜ、このような状況になってしまったのだろう。完全にヒナタのペースになっていた。
おそらく、彼女が計算しているとは思えない。

彼女は人の気持ちを敏感に感じることができる。
恐らく、傲慢で独りよがりな彼の心の奥底にある感情に反応したのだろう。

イガも図星だったのだろう。
何かに焦っていると自覚していなかったのだろう、自分でも知らない気持ちを指摘されて、混乱して泣いてしまったのだろう。

(完全に、計画が潰されたってばよ)

―――でも、これでよかったのかもしれない。
ナルトは思った。

試験の内容で悩んでいたとき、自分がカカシからされたことを思い出した。
オリエンテーションで3人の意識がバラバラなのは確認済みなので、もしかしたらカカシが試した通りに事が進むと踏んだ。
ただ、自分なりアレンジした。
わざと仲間割れを起こさせようと画策し、3人がどのような行動を起こすのか確認しようとした。

その跡は、自分がされたことと同じことだ。
恐らく、丸太にくくりつけられの刑は、少なくともイガになるだろうと踏んでいて、アズキとヤイバに弁当を渡して、彼だけには食べさせるなと命令して陰で観察。
少しでも仲間想い―――上官の命令を無視して食べさせること―――の心があれば3人とも合格。
そう考えていた。

計画通りではないが、これで試験は終了としよう。
そう心の中で思った。

あの強情なイガがアズキに謝ったのだから、少しは反省したとみて良いし、ヤイバも――イガとの遣り取りは不明だが――反省しているようだ。

アズキが一番仲間想いなところも誘惑で分かったことだし。

ナルトは、ヒナタの肩に手を置き、彼女に頷きかけた。
彼の目を見て、ナルトが言いたいことが分かったのだろう、そっとナルトの手に自分の手を添えて立ち上がった。

「ナルトくん…」

「しんみりした雰囲気ぶち壊すけど、下忍試験の発表だってばよ」

(いきなりすぎる!)

初めて、アズキ、ヤイバ、イガの考えが一致した。
そして、ナルトの次の言葉を待った。

「まぁ、いろいろあったけど、3人とも合格ってことで!」







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