昔のふたり1-1



例えば、あの人が抱えている孤独だとか恐怖だとか虚無だとか、


そういう

そういうあの人を縛る全てを

全部取っ払って、引っぺがして、

あの人が望む(彼はそう思い込んでいるだけだけど)闇から、

あの人を守る(実際は守ってなんかいないけれど)闇から、

あの人を引き上げて、


そうして....、











ふるり、と背中を震わせてから、瀬名は小さくくしゃみをした。



大学に入ってすぐに始めたカフェのバイト
カフェと言っても、大手のコーヒーショップや都会にある洒落た店なんかとはかけ離れた、
大学から一人暮らしをしているアパートまでの帰宅途中で偶然見つけた、古い木造の建物で、本当に小さなものである

人が集まる駅周辺から少し離れた裏路地にひっそりと佇んでいる

こんな路地にまで足を運ぶ人はそう多くない

駅の周りには、レストランも本屋もカラオケもゲームセンターも、それこそ大抵のものはそろっているのだから


若いカップルや、昼下がりの主婦たちや、学校帰りの学生で賑わう事もなく、

訪れる客といえば、店ができた頃から利用しているという常連数名と、隣で古本屋を営んでいる女性と、その古本屋の客と・・・・それくらいだろうか

偶に路地に迷い込んでくる人もいるけれど



多くの客で賑わう事もなく、
小さく流れる音楽だとか、
雨の日には際立つ木造の香りだとか、
色も造りもバラバラな椅子や机だとか、

この小さな空間を創り出しているそういったものを、瀬名は気に入っていた(ちなみに店の店員は店長と瀬名の2人だけだ)










でも、冬場の水仕事は少し辛いかな・・・



きゅ、と蛇口を閉め、洗い終わったカップを
タオルの上へ並べていく



カウンターから店の中、更にその奥にある大きなガラス窓から、朝から降り続いている雨が目に入る



今日はもう、お客さん来ないだろうな


むわり、と雨と木の香りが店内に立ち籠め、
雨特有の重い空気が肌に纏う



視線を店内に戻す




入り口から1番遠い席
抹茶色の一人掛けのソファに
決まってあの人は座っていた


カフェラテかミルクティー、極稀にココアを頼んだあと、
そこに座って熱心にノートに書き込みをしていたり、
隣の古本屋で購入したのであろう本を読んでいたり、
ただぼんやりと窓の外を眺めていたり、

そうしてしばらく時間を潰した後、閉店間際にほんの少しの食事をして、帰っていく



ここで働き始めてもうすぐ2年
僕はほとんど毎日、そんな彼をキッチンから見ていた






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