きみの墓標に名を刻む
シン、と静まり返った部屋に呼吸がふたつ。窓のない部屋の隅で真っ黒なシーツに包まった部屋の主は、鬱陶しそうにその隙間からこちらを睨んでいる。
扉を閉めると完全に闇に包まれてしまった空間で、自身の指先に青色の炎を燈すことで視界を確保する。うすぼんやりとだが部屋が照らされた瞬間、覗いていた瞳まですっぽりとシーツに隠れてしまった相手に呼び掛ける。
「シャルム」
シーツをめくり、無理矢理顔を出させる。
「どれだけ部屋に篭ってる気だよい。いい加減に何か食べろい」
放っておけば何ヶ月も部屋から出てこないシャルムは、もう何週間も食事を摂っていないせいでただでさえ日に当たらず白い顔を、よりいっそう青白くして、その金色の瞳を細めた。
「食べなくても死なない」
不機嫌な声色で答えたシャルムは、次いで、出ていけ、と小さく呟いた。
マルコは溜息をつくと、いまだ床に寝ころんだままのシャルムをシーツごと抱き上げ、ベッドへ移動した。
胡坐をかいた間にシャルムを座らせ、後ろから抱え込むようにする。シーツと同じく真っ黒な枕を壁と背中の間に置き、それにもたれた。この枕もシーツも、白は骨の色だ、と執拗に嫌がったシャルムの我儘を聞いてのものだった。
「ほら」
シャルムの口元に自身の手を差し出すが、プイとそっぽを向いて拒否される。
マルコの胸元に額を擦り付けるシャルムは、小さく唸りながら何かを我慢しているようだった。
シャルムは俗に言うヴァンパイアだった。不老不死の体を持つ彼は、あの海賊王の船にも乗っていたと言われている。本人はその事について話したがらないが。
太陽を嫌い、ほとんど部屋から出てこようとしない彼が、自分から食事を摂ろうとすることはない。死ぬことはなくとも、空腹を感じないというわけではないはずだが、シャルムはそれを堪え、いつもひとりでその弱った身体を抱えている。
「食事は摂らなくとも、せめて血は飲めよい」
もう1度、今度は直接シャルムの唇に指をあてる。
青白い顔をして、目も虚ろなその身体は以前よりもまた細くなっていた。
後ろから抱え直し、無理矢理口の中に指を入れる。
ヴァンパイアだが、血を飲む事を嫌い、ひとりで膝を抱えているシャルムは、まるで自ら死を望んでいるようだった。不老不死である彼がいったい何百年の歳月を生きてきたのかは知らないが、彼の過去を知るこの船の船長は、海賊王と共にいた時は今の様ではなかったと語る。海賊王と共に逝きたかったと嘆く彼を仲間に引き入れたそんな親父も、衰弱していくシャルムの身を案じていた。
ぬるりとした舌に触れ、尖った歯をなぞる。そうしてか細くなった理性を壊し、ヴァンパイアとしての本能を引き出すのだ。
「ん、んぅ、ちゅ」
理性の残るうちはこの吸血行為を嫌うシャルムは、久しぶりのこの行為にとろけきった表情を見せていた。金色の瞳に涙の膜を張り、自分の指に吸い付くシャルムを見つめ、己しか知らないその表情に言い知れない優越感を感じる。そもそも部屋からほとんど出てくることのないシャルムは、マルコと白髭以外のクルーと接することはなく、シャルムを見たことすらないというクルーも大勢いる。
そんな中、まさか白髭から血を貰うわけにもいかず、シャルムに血を与えられるのはこの船でマルコだけだった。
指先に痛みが走り、そこにできた傷を熱心に舐められ、吸い付かれる。
ひとしきり血を吸うと、シャルムは名残惜しそうに口を離し、此方を見上げてきた。その潤んだ瞳と紅く濡れた唇に誘われるまま、噛みつく様に口づけた。小さく開いた唇の間から舌を滑り込ませ、相手のそれと絡ませる。ほんのり血の味のするそれに吸い付く様にすると、甘い呻き声と共に抱いていた細い腰が震えるのが分かった。
「んんぁ、あ、まるこ」
シャルムの顎からどちらのとも知れない唾液が垂れるまでその口内を堪能した後、最後に上顎をなぞり、解放する。
荒い呼吸を繰り返し、瞳と同じ色の長い睫毛を涙で濡らせたシャルムは、小さく呟いた。
「俺は、また……」
生きなければならない。
自分の胸で静かに涙を流すシャルムは、今誰の影を追いかけているのだろう。永遠に生き続ける彼を愛してしまった自分にはいったいどれだけの事ができるだろう。不死鳥などと恐れられても、いずれは死ぬのだ。愛する人間の後を追う事すら出来ぬ、憐れな吸血鬼をおいて。
シャルムのあわい金髪を撫で、もう1度キスをする。
「マルコ、お前は」
俺をおいて逝かないで。
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あとがき
吸血鬼主。
不老不死の彼がマルコにだけ弱さを見せるのは、マルコが不死鳥だから。
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