気の利くリーゼント?




 くぁ、と大口を開けてあくびをする。白髭に挑む無謀な敵襲もなく、穏やかな春の陽気は眠気を誘うばかりだった。コックにとっては怒涛の時間でもある朝食の片付けも終わり、夕飯の仕込みを始めるまでにはまだ時間がある。この持て余した暇をどうしようかとサッチは顎を掻いた。


「お、」

(ギルちゃんはっけーん)


 見慣れた細い後ろ姿は、船の縁に腰掛けどうやら釣りをしている様だ。気持ちの良い日差しの中、ご機嫌なのか、金色の尻尾の先が上下にぴょこぴょこ揺れている。


「ギルー!」


 後ろから抱きつくと、ピンと張った尻尾に容赦なく頬をはたかれた。


「いでで」

「暑苦しい。サッチ」


 いいじゃんかよー、とあごひげをその頬に擦り付ける。


「うわっ!ちょっと!ホントに気持ち悪いんだけど」

「んんー、やわらけー」


 ジタバタと暴れるギルを解放してやり、隣に腰掛ける。どうやらまだ1匹も釣れていない様だ。とは言え獲物を釣る事が目的ではなく、俺と同じように持て余した時間を潰していただけだろう。
 それにしても、いつもギルにべったりなエースがいないのは珍しい。過保護な兄貴は……まぁ、最近は反抗期で距離を置こうとしてるみたいだが。


(マルコも報われないねぇ……)


「マルコの奴は仕事か?」

「……知らない」


 途端にそっぽを向かれ、苦笑いする。そろそろ本格的な反抗期の到来の様だ。あれだけ過保護にされれば、年頃の少年は嫌がるのが普通だろうが、しかしマルコの気持ちも分かるのだ。サッチを含め、この船のクルーは皆してこの末っ子が可愛くて仕方なかった。


「あんまり冷たくしてやるなよー。オニイチャンだろ」

「別に冷たくなんかしてないし」

 
 反抗期なのは分かるが、最近のマルコの落ち込み様は見ていられない。それにマルコのみならず俺にまで段々冷たくなってきてるし……。


(ここは一肌脱ぎますか!)


 サッチは1人ほくそ笑むと、がしっとギルの肩を抱いて引き寄せた。


「んまー、ギル君の気持ちもわからんでもないがね。君ももう子供じゃない。あれだけ構われたら嫌気もさすだろうよ」

「……」

「それに、マルコもギルにばっかりかまってられねぇしなぁ。仕事に、女に……」

「おんな?」


 予想通り食いついてきたギルに、ここぞとばかりに声を潜め、耳元に口を近づける。


「まぁ、俺ほどとまではいかなくとも、マルコも中々の色男だ。ここだけの話、ナースたちの間じゃ俺の次に人気らしい」


 そこで、目の端にナースと何やら話しているマルコを捉え、グッドタイミング!とばかりにギルにそちらを顎で示す。


「見ろ、ギル。噂をすれば、だ」


 何やら話し込んでいる様で、2人の距離は近い。ギルは無表情でそれを見つめていたが、先程までのご機嫌はどこへやら、その耳と尻尾はへたりと垂れ下がっている。
 それを見たサッチは更に追い打ちをかける。


「そういや、あのナース、前もマルコと話してたなー。マルコ狙いか?」


 なぁギル、と呼びかけると、眉間に皺を寄せた子虎ちゃんは俺の腕を振りほどいて船内に行ってしまった。


(もしかして、やりすぎちゃったか……?)


 耳を垂れ下げ、ゆるりと瞳を揺らせていたのを思い出すと胸が痛むが、これで少しはマルコに甘えるだろうと、サッチは放置された釣竿を手に持ち口笛を吹いた。






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