ピアス2
船に戻ると、エースの部屋に押し込められる。ここまで戻ってくる間に一言も発さなかったエースにだんだんと不安になってくる。知らないうちに怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。優しく笑いかけてくれる普段の態度との差に、じわりと目頭が熱くなった。
「え、えーす」
怒ってるのか?と、問うた声は情けなく震えていて、振り返ったエースは、ぎょ、と目を見開いた。
「ち、ちがうんだギル、俺は別に怒ってるわけじゃなくて、たださっきの男が下心丸出しでギルに触るから、」
「したごころ?」
はっ、と慌てて口を噤むエース。
「いやいやいや、いいんだ今のは忘れてくれ。ただな、ギル」
俺の両肩を掴み、ぐっと顔を近づけてくる。
「お前はもっと警戒しろ。あんな簡単に触られたり、のこのこ家の中について行こうとするな」
「なんでだよ。あの人はピアスの穴開けてくれるって親切で言ってくれたんだぞ」
「だからそれは!」
あーもうっ!と髪を掻きむしるエース。
訳が分からない。兄貴にばれると面倒だから、船に戻ってくる前にこっそり開けようと思ってたのに。エースのせいで・・・あのピアスも買えなかったし。
と、そこまで考えていいアイデアを思いつく。
「そうだっ。あの店で開けるのが駄目なら、エースが開けてよ」
「……は?」
「実は、もうピアッサーは買ってあるんだけどさ」
自分でやると失敗しそうでさ、とずっとポケットに入れっぱなしにしていたそれを出した。船にいる間は兄貴やほかの家族がうるさいし、こっそり隙を見て開けれるよう、ずっと持ち歩いていたのだ。
それをエースに押し付けて、両脇の髪を耳にかけて、エースに突き出す。
「ん、」
なんとなく気恥しいので、目を瞑っていたが、一向にエースが動く気配はせず。早くしろよな、と瞼を持ち上げると、今にも火を噴きだしそうな、というか顔からプスプスと煙が出ているエースがいた。
「なななな、な、お、俺が、俺が!?」
少し煙臭くなったせいか、小さく咳が出た。
「ああ、ごめん。立ったまんまじゃやりにくいよな。ベッドに座ろう」
「べべべべ、ベッド!?」
ますます煙を上げるエースの手を引いて、ベッドに座る。お互いに向かい合ってあぐらをかくという、他の人が見たらなんだか少しおかしな体勢だ。
「ほら、早くしろよ」
エースに耳を近づけると、ごきゅり、と大きく唾を飲み込む音が聞こえた。
ん?とエースを見上げると、プルプルと唇が震えていた。
「エース」
急かす様に名前を呼ぶと、ゆっくりと手を伸ばされる。親指と人差し指でそっと耳たぶを挟まれて、その体温の高さに肩が震えた。
「お前、熱い……エース」
「……悪い、でも」
やわやわと耳を揉まれて、何だか全身の力が抜けていく。背骨が震えて、脊椎の1番下のところから熱が這い上がってくるみたいで、変な感じだ。
「ひにゃぁんっ」
突然反対側の耳、それも無意識に出てしまっていたらしい能力の耳を触られて、変な声が出てしまった。
何だか体が変だ。自分の体なのに、そうじゃないみたいで。
「え、す……」
エースを見やると、ギラついた黒曜の瞳がこちらを見つめていた。いつもと違う、まるで獰猛な獣を思わせるようなそれに、ギリギリに保っていた涙が零れ落ちた。
「やだ。えーす、怖いよ……」
「ギル……」
違う。違う。こんなのエースじゃない。
耳から手が離れ、尻尾に絡まってくる。
「ギル、俺もう……」
我慢できねぇ。
小さく呟き、エースが顔を近づけてきた瞬間、部屋の扉が轟音を響かせて吹き飛んだ。驚いてそちらを振り返ると、無表情の兄貴が大股で入ってきた。
「ま、マルコ。違うんだこれには訳があってぎゃあっ!」
無言でエースの首を掴み、放り投げた兄貴は、俺を肩に担ぎあげるとエースを睨みつけた。
「明日から、覚悟しとけよい」
ひくり、と先程とは対照的に真っ青になったエースは、頬をひきつらせた。
「あ、兄貴」
あのまま強制的に兄貴の部屋に連れてこられて、今は無言の説教中だ。
「ギル」
いつもより低い声で兄貴が呼ぶ。
「だ、黙って開けようとしたのは悪かったけどさ、別にピアスくらい開けてもいいだろ!」
そう言って、睨み上げると、これ見よがしに大きなため息を吐かれた。
何だよ何だよ。子ども扱いしやがって!
「お前は、俺がピアスを開けようとしたことに怒ってると思うのかい」
「他に何があるんだよ」
言い返すと、2度目の溜息を吐かれる。
「とにかく、もうエースの部屋には行くなよい。それと、どうしてもピアスが欲しいなら俺に言え。いいな」
「なんでだよ。俺もう兄貴に何でもして貰う様な子供じゃない!」
「いいな」
覇気すら纏っているんではないかと思わせる程の眼力で睨まれ、ギルは素直に肯くしかなかった。
後日、ご機嫌なギルの耳には海色に輝くピアスが見られたとか。
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あとがき
結局マルコ付き添いのもと、優秀な船医に開けてもらいました。
いざ開けるとなると、怖気づいてマルコにしがみついていたとかそうでないとか。
エースは1か月ひとりで甲板掃除をしました。
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