「一つ、質問を良いですか?」
 幾分声音が低い秀一は、苛立ちを隠そうともせず、安藤を見上げた。
「ん、何だ?」
「安藤先生は何をするんですか?」
「いや、だから。これが俺の仕事」
 これと、ホワイトボードを人差し指でコンコンと叩き、安藤は答える。つまり、放送部に助力を求めること以外は何もやらないということだ。
 ふざけるな、と生徒会メンバー全員の心が一つになった。
「安藤先生、言い出しっぺは結城先輩ですが、それを承諾したのは先生ですよね?」
「あぁ」
「なら、先生も何かコスプ……いえ、役をしてください」
「ははん? 木野崎、文句があるのか?」
「大ありですよ。自分だけ楽しようなんて、顧問としてどうなんですか?」
「顧問だからこそ、第三者として舞台監督するってのもあるぞ?」
「顧問だからこそ、ちゃんと仕事してください」
 秀一は、青筋を立てながら言い募るが、安藤はどこ吹く風といった様子で受け流す。
 不真面目でいい加減で意地が悪いが、仮にも教師なので頭は良い。ついでに妙な理屈を捏ねるのも上手い。
 けれど、負けるわけにはいかないのだ。何としても、この腹黒教師を舞台に立たさなければ。
「そういえば、あんちゃんセンセーって、この学校の卒業生でしたよね?」
 何かを思いついたのか、凪沙がにやりと笑ってそう訊ねた。別に隠すことではないので、安藤は「まぁ、そうだけど。それが何?」と問いかけた瞬間、何をされるのかを察し、立ち上がった。が、いち早く凪沙が動き、扉を塞いでにやりと笑う。
「写真拡大コピーして張り出されたくなかったら、お芝居に出て欲しいなー」
「お前……それは脅しだろ」
「脅しじゃないですよー。ただの交渉だって」
 そんな交渉がどこにある。
 安藤は盛大な舌打ちをすると、どかっと椅子に座りなおした。
「で、俺は何を着ればいいんだ?」
「それじゃあ、あんちゃんセンセーは制服で」
「……は?」
 ひくり、と安藤の頬が引き攣った。
 制服。
制服にも様々な種類があるが、凪沙が今指している制服で思い浮かぶのは、一つしかない。
「ちょっと待て。お前の言う制服ってもしや、」
「涼風高校の制服に決まってるじゃん!」
「おいおいおいおい、ちょっと待て! 俺は今年で二十八だぞ。いろんな意味でアウトだろ」
「だからだよー。その年なら、制服だって立派なコスプレだろ! ついでに眼鏡なんかもかけたりしたら、面白いと思うんだけど」
「勘弁してくれ」
 大体、高校時代の制服なんてすでに捨てている。むしろ、涼風高校の制服は安藤が卒業した少し後に変わっているのだ。
 つまり、予備の制服なんてものは存在しない。
「言って置くが、俺はすでに制服は捨てたし、俺の時代の制服、今のと全然違うぞ?」
「それなら、俺か結城のを貸しますよ。身長、近いですから」
 表情変えずに言い放ち、秀一は坐った目で安藤を睨む。逃げようにも、どうやら逃げ道は塞がれたようだ。
 安藤は前髪をがしがしと掻き毟ると「あーもうわかったよ!」と自棄声で言った。


Ж


「……最悪だ」
 職員室に帰るなり、安藤は机に突っ伏した。
 コスプレしてお芝居なんて、傍から見ると実に面白い代物だと思っていたのに、まさか己まで参加させられることになるとは。
「あーくそ。なんで俺まで出ないといけないんだよ」
 恨みがましく呟き、「次の授業で難解出してやる」と教師としてどうなんだと言いたくなるような復讐法を考えていた。
「どうしました、安藤くん?」
 柔和な笑みを浮かべ、そう問いかけてきたのは、普通科の数学教師、倖代先生だった。
「……倖先生」
 高校時代に多大にお世話になった倖代先生は、安藤が唯一頭が上がらない相手だ。他の知り合い教師なら、それなりに流せると言うのに。
「いや、何でもないです。それより、一つお願いがあるんですけど、いいですか?」
「安藤くんが頼みごとですか。何でしょう?」
「先生、放送部の顧問ですよね? 今回の生徒会、お芝居をやるんですけど、その時にBGMとかアナウンスお願いしたいんですよ」
「そういうことですか。多分、構わないと思いますよ。明日、生徒たちに話してみます」
 柔和な笑みを浮かべ、倖代先生は頷いた。
 誰に対しても敬意を持って接する倖代先生は、生徒たちにも人気が高い。主に普通科の数学を教えているが、その人気は他の学科にも及んでいる。
 この先生には、本当にかなわないな、と安藤は思っていた。
「そういえば、安藤くんはお芝居に参加するんですか?」
「……いちおう」
 不承不承なので、返答は歯切れが悪い。
「どんな役をやるんですか?」
「あー……それは当日のお楽しみ、ということで」
 倖代先生だけには、制服のコスプレ姿なんて見せたくないと思いつつ、安藤は深い溜息を吐いた。




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