次の日の生徒会。
日が迫っている文化祭に向けて、各々は作業を進めていた。
最初は皆が皆、仕方なくも作業をこなしていたが、痺れを切らした凪沙が突然、机を強く叩いた。
「うああぁあぁぁぁ! 宣伝って何すりゃいいか、わっかんねええぇぇぇええぇぇ!!」
その絶叫に続き、道具類の調達をするためにパソコンの画面にかじりついていた秀一が、椅子を大げさに鳴らして立ち上がる。
「俺だって、脚本のプロットすら完成していないものの道具の調達なんて、ワケの分からない作業をしているんだぞ!!」
それに続き、律が執筆の手を止めて、静かに二人を睨んで舌打ちをする。
空気は最悪だ。
そのうち、口論から取っ組み合いになるのも時間の問題だろう。
凄惨な結末が見えて、若奈も衣装のデザイン作業をする手を止めた。
若奈の向かいの席で作業をしている真里も、さすがに困惑しているようで、顔を合わせて苦笑いを交わした。
この気まずい状況に耐えきれなくなった律は、大きな嘆息を吐いて、二人の間を割って入る。
「両者同意の上での役割の交換はいいって、先生も言ってませんでした? 自分の役割に納得いかないなら、誰かと交換すればいいじゃないですか」
怒気を孕んだ声を荒立てると、ぴたりと喧嘩は止まった。
律がこうまで憤怒の形相を見せるのは珍しく、幼なじみである若奈ですら戦慄して凍りつく。
「まったく、こんな馬鹿ばっかりの集団のどこがいいんだ……」
吐き捨てるようにそう呟くと、凪沙と秀一から離れ、若奈のいる場所へ辿り着くと、急に腕を掴まれた。
恐怖に身をたじろがせながらも、どうしたのと尋ねると、真剣な眼差しをして、椅子に座っている若奈を見下ろす。
「来い」
ぐいと強引に腕を引かれ、二人は生徒会室を騒々しく飛び出した。
二人の出て行った生徒会室は、先ほどの諍いなどなかったかのように静まり返ったが、残された三人は、茫然と立ち尽くしながら、ただぼんやりと生徒会室の扉を見つめている。
「はぁ、はぁ……もう、突然何なのよ!」
隣で若奈が息を上げながら、途切れ途切れにそう尋ねる。
「……」
隣で黙りこくっている律に腕を引かれて、辿り着いたのは屋上だった。
律はいつもここで昼食をとったり、趣味である少女漫画を読んでいる。
思えば、若奈が生徒会に律を勧誘したのも、この場所だ。ほんの数ヶ月前の話ではあるが、なぜだか懐かしい。
「ほら、何とか言いなさいよ!」
そう言われてなお、律はただ俯いて呼吸を整えているが、どことなく頬が赤いのは走ったせいだろうか。
しかし、どこかばつが悪そうな表情をしている様子も垣間見られる。
怪訝そうに律の表情を窺いながら、彼の反応を待っていると、「なぁ」と若奈に呼び掛ける。
「……衣装担当、代われよ」
俯いて恥ずかしそうに呟くと、めちゃくちゃに頭を掻き毟る。きっと、居た堪れない気持ちに苛まれたのだろう。
あまりにも唐突すぎる発言に、思わずぽかんとしてしまっていると、紅潮させた顔がこちらにずいと迫ってくる。
「お前、俺が少女趣味で家庭的なこと知ってんだろ!」
あまりにも顔と顔との距離が近く、鼓膜にずっと響いて残りそうな大声に耳を塞ぐよりも、込み上がってくる羞恥を抑えるのに精一杯になる。
感情を制御するのに必死で、言おうとしている言葉が喉に突っかかったまま出てこない。
「……悪い。嫌なら、別にそれで……」
「ううん、嫌じゃないよ。律はお裁縫とかお料理とか得意だし、私がやるよりも、何十倍も何百倍も頼りになるよ」
「えっ……」
「私、頑張っていいお話書くから、一緒にいいお芝居にしよう!」
「高科……」
頼りになる。
そう言われ、どことなく心が躍った。
今まで、女々しいだの男らしさが足りないなどと、後ろ指を指されていただけに、少しだけ。
けれど、言われ慣れていないだけあり、小さく心が揺らぐ。
湧き上がってくる照れ臭さ、焦がれる想い。
どんな顔をすればいいのか、そして、どう返事をすればいいのか分からず、またがっくりと項垂れる。
「そろそろ戻ろっか」
頬笑みを携えた幼なじみ――若菜が律の手を取る。
手を繋ぐことくらい、幼い頃に何度もやった。
それなのに、今はこんなにも気恥かしい。
月日は人を変えるんだなと思った律には、この気持ちの正体が分からずにいた。