「お芝居しようぜ!」
 その瞬間、水を打ったかのように静かになった。
 秀一は呆れたように額に手を当てて溜息を吐き、律は無言で目を細め、若奈と真里はきょとんとした表情で凪沙を見つめる。
 そんな中、安藤はにやにや笑いながら、ことの成り行きを生温かく見守っていた。
 どうやら面白そうなことになりそうだ。なので、しばらくは口に出さないでおくことにする。これは決して怠慢ではないと、安藤は心の中で言い訳をした。
「……芝居をするのは良いとして」
 何も口出ししない安藤を一睨みしてから、秀一は口を開く。
「予算はどうするんだ? まさか、文化祭ですべて使い果たす気じゃないだろうな」
「そこまではしないけど、やっぱ舞台発表といったらお芝居だろ!」
「たった五人。……いや、安藤先生を入れても六人で、か?」
「あぁ」
「却下だ、却下。そんな時間も余裕もない」
「秀一―。お前、本当に頭固いなぁ」
「お前が茹で上がりすぎなんだ!」
 バチバチと火花を飛ばしあった二人を眺め、律と若奈は溜息を吐き、真里は苦笑いを浮かべた。こんなやりとりを、新生徒会が結成されてから一体何度見ただろう。
 凪沙と秀一は、性格的な問題でソリが合わない。合わなすぎる。小さなことで衝突する場面は、結成された数週間ですでに両手で数えられる程度にはなってしまった。
 止めようにも顧問の安藤は基本的に放置なので、止める相手は必然的に三人のうちの誰かなのだ。
「結城先輩も、木野崎先輩も、今は討論してる暇なんてないですよー。」
「……だってさー、秀一」
「……そうだな」
 にこにこと場違いすぎる笑みを浮かべ、真里は二人の諍いを中断させた。これは計算でなく、素面でやっているのだから凄いところだ。
 ある意味、真里がいなかったら今年の執行部はあっという間に瓦解しているだろう。
 秀一は、ごほんと咳払いをすると「で、もしお芝居をするなら何をやるんだ?」と問いかけた。内容次第では譲歩できるかもしれない。あくまで、譲歩、だが。
 しかし、まともな案を願う秀一の期待を脆くも裏切って、凪沙はぶっ飛んだ発言をしだした。
「何かのコスプレをして、オリジナルのお芝居を創るんだよ! 楽しそうだろ?」
 今度こそ、生徒会室の空気が氷点下になった。凪沙以外の面々は目が点になり、それまでにやにや笑っていた安藤ですら、頬を引き攣らせている。
 ちょっと待て。いまこいつ何を言った?
 先に我にかえった秀一が、盛大な溜息を吐いて凪沙を睨みつける。
「……結城。ふざけるのもいい加減にしてくれないか?」
「ふざけてないって! コスプレして、お芝居だぜ? 楽しそうだろ?」
「俺は絶対に嫌だ!」
 秀一の、こいつにまともな意見を聞いたのが間違いだった、と言わんばかりの姿勢に、凪沙はむっと頬を膨らませた。
「なぁ、わかぱい、楽しそうだろ?」
「えっ? えーと……面白そう、かな?」
 凪沙に妙な仇名で呼ばれるのにそろそろ慣れてきた若奈は、疑問形で同意した。
 しかし、そんな若奈の同意を粉砕するかのように、律は「俺は断固拒否する」と言い放つ。よほど嫌なのか、盛大に顔を引き攣らせていた。
「真里くんはどう思う?」
「え? 僕ですか?」
 若奈に話を振られた真里は、しばらく「うーん」と唸った後、「楽しそう、ですね。なんていうか、ヒーロー同士の共演、みたいな?」と言葉を選ぶようにそう言った。恐らく、真里もあまり乗り気ではないのだろう。
 お芝居までなら許せる。しかし、何でコスプレしてお芝居なのだ?
「安藤先生はどう思いますか? コスプレしてお芝居」
 今度は安藤に話を振り、若奈は問いかける。
 ついさっきまで固まっていた安藤だったが、若奈に話を振られたことで我に返り、一つ咳払いをすると「そうだなぁ」と再びにやにやと笑みを浮かべた。
「面白そうだし、いいんじゃないか?」
「はぁ!?」
 秀一と律が驚きで目を剥くと、安藤は「今まで見たことのないお芝居になりそうだな」と他人ごとのように笑った。




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