快楽を呼ぶ悪魔
02
「おっはよ、あずみ!」
「あ、千夏! おはよー」
「相変わらずかーわいいねー。眼福眼福」
「・・・・・・?」
教室に入った瞬間、ぱたぱたと手を振りながら千夏が近づいてきた。
首を傾げながら見上げると、千夏はにっこりと笑ってあたしの頭をくしゃくしゃと撫でる。
千夏……笹川千夏(ささがわ・ちか)は、高校に入ってできた友達。
あたしと違って、男の人に不自由なんかしないみたいだし、大人っぽいのです。すっごい美人で、スタイルも抜群なんだよう!
「えへへっ、千夏ご機嫌だね?」
「わかる? 転校生、来るんだってさ」
へー、初耳だ。めずらしいな、こんな時期に。
「始業式に来ればいいのにね?」
「ねー。あずみもそう思う?」
疑問に思うのも無理のない話で・・・いま、4月の第3週。始業式が始まって、まだほんの2週間程なんだよね。もうちょっと早く来れば、新しいクラス、みんなと一緒にスタートできたのに。
「男かなー? 女の子かなー? この際男がいいなぁ。さわやかスポーツマンタイプがいい」
千夏が転校生に想いを馳せている。……千夏、彼氏いるのに・・・。いいのかな?
「足りないんだよねー、さわやかスポーツマン。このクラス、オタクとガリ勉多いよねー」
「しーっ!」
なんだかとんでもなくデリカシーのないことを言おうとした千夏の口を慌てて塞ぐ。
案の定、隣の席の男子がこっちを睨んでる。……いやいや、千夏睨み返しちゃダメだよう。悪いのどう見てもこっちだからっ。
睨んでくる彼は……千夏が言うところの、「がり勉タイプ」なのかな?
「この野郎・・・あずみに不埒な視線を投げやがって・・・」
「な、なに言ってんの? それに、悪いのこっちだよう!」
「ほんとのことじゃんー。わたしはただ、あずみにぴったりなさわやかス、」
「しー、なの!」
いまだに何やら続けようとする千夏の口を慌ててふさぐ。
千夏、すごすぎるよ。歯に衣着せないっていうか、なんていうか……。
すごいなー、なんて思いつつ千夏をなだめていると、キンコンカンコンというレトロなチャイムの音が鳴った。
「はよーす。席つけ―」
教室のドアが開いて、担任の新島 祐先生が、入ってくる。
新島先生は、20代後半の若い男の先生。若いしカッコいい?から、女子からの人気がすごいんだって。
「祐さま」なんて呼ばれてるんだよ。
「今日は転校生紹介するぞー。おー、入れ」
さっき千夏が言ってた転校生って、うちのクラスだったんだね。
期待に満ちたクラスの視線が、ドアに注がれる。
スパン、なんて音を立てて開いたドアの・・・向こう、には……!!!
「な、んっ!?」
入ってきた人物を見て、あたしは絶句してしまった。
高い身長に、褐色の肌。
切れ長の目が印象的な、いささか整いすぎている顔。
指定のブレザーを着ているはずなのに、なぜかめちゃくちゃかっこよく見えてしまう。
見覚えのありすぎる顔・・・。
教室に入ってきたのは、首にぶら下がっている首輪をつけた、諸悪の根源。……シン、だった。
「な、なにあれっ!?」
「やだ、やばいっ! ちょーカッコいいっ!!」
呆然とするあたしに構わず、クラスの女子が黄色い声をあげる。
あ・・・あれって、髪の毛が黒くなって、翼がなくなったシンだよね!?
な、なにしてんの!? あいつ!!
「な、な、な・・・シン! なん、……んぅっ!?」
焦りやら怒りやら驚きやら・・・いろんな感情を込めながら声を上げようとした瞬間、口がパチンっと閉じた。な、なにこれ? 声、出せない!
「あ、あずみ…?」
「ん、んーっ・・・!?」
千夏が、不思議そうにあたしを見ている。なにこれっ!?
必死に唇を開こうとしつつふと前を見ると・・・シンが「にやり」なんて擬音がつきそうなくらい意地の悪い顔で笑っていた。
あ、あの・・・悪魔っ!
「雪村 紳くんだ。家庭の事情で越してきたらしい。雪村あずみのいとこなんだってな?」
知らないです! そんな親戚、いないもんっ!
……って、声に出したかったのに、口が閉じていて声が出ない。
本当に、なにやってるの、シン・・・じゃなくて、紳!
ご丁寧に、名前に漢字まであてて!
「雪村 紳です。いつもいとこのあずみがお世話になってます。よかったら仲良くしてください」
紳は、昨日の傍若無人な態度がうそみたいな笑みを浮かべて、ぺこりと頭を下げた。
……なんなの、この状況!?
ぽーっとするクラスメイトに、教卓の前で微笑む紳。
「ん、んーっ、んーっ!!」
「あずみ、学校でも・・・よろしくな?」
それから、つかつかと歩み寄ってきた紳がなにやら不吉なことを言いながらあたしに向かって笑いかけた。
学校でも、にアクセントを置かれたその言葉に、めまいを起こしそうになる。
……この瞬間。
あたしは、学校にすら安らぎの場がないことを知りました。