快楽を呼ぶ悪魔
03
「……く、びわ?」
何、これ・・・。いつの間にこんな・・・?
突如首元に現れた首輪。
こんなの、つけた覚えもないし「つけてください」って頼んだ覚えもない。そもそも、変な悪魔さんにつけられた首輪なんて、素敵なプレゼントであるはずもないよね。
首に手をかけて、慌てて外そうとしたけど……。
不思議なことに、つなぎ目や金具のようなものが見当たらなかった。と、取れない!!
「こ、これ・・・取ってください!」
慌てて悪魔が立っていたはずの場所を振り返る。……でも、
「あ、あれ・・・?」
振り向いた先は、見慣れたいつもの部屋。……悪魔さんは、いつの間にか消えていた。
「……なん、で? 夢?」
ほっぺたをぎゅっとつねってみる。……痛いよう。
状況がまったく理解できない。意味、わかんないや。
でも、ひとつだけ分かるのは・・・。首輪をつけたのは、間違いなく悪魔さんだってことだ。
首を絞められる前に、悪魔は何かを言っていた。
……えっと、確か・・・
「俺のものって、言ってた。あと、なんだっけ?」
もうひとつ、何かを言っていた気がするんだけど……。
確か・・・何かを、くれる・・・とか。
考えながら、あたしは再度首輪を引っ張った。
やっぱり、留め金やベルト穴なんていう、普通の首輪についていなきゃならないはずのものが見当たらない。あるのは、一本の黒い革だけで・・・。
「・・・うー、どうしよ・・・」
早く、外したい。
こんなの、首絞めながらつけられた時点でろくなもんじゃないだろうし。絶対、不幸の首輪とかだ・・・。きっとあの悪魔さん、あたしに不幸をくれてやるって言ったんだ。
「……切ってもらお。ちょっと不本意だけど、お兄ちゃんにお願いしよっかな」
共働きの家庭だから、お父さんもお母さんもまだ家にはいない。正直あんまりお兄ちゃんには頼みたくないけど・・・一刻も早く外したいし。
「夢、なのかな・・・?」
夢の割には、意識がしっかりしすぎているような気がするけど・・・。
夢・・・だったら、いいな。じゃなきゃ、こんなファンタジーみたいな展開、ありえないもん。
でもまあ、最優先なのは首輪を外すことだよね。とにかく、お兄ちゃんの部屋、行こ。
**********
コンコン、
お兄ちゃんの部屋は、あたしの部屋を出てすぐ隣だ。ノックをして、お兄ちゃんの返事を待つ。お友達が来ているから、ずかずか入っていくわけにもいかないし。
「・・・なんだ?」
数秒後、お兄ちゃんが部屋から顔を出した。怪訝そうに首を傾げる。ま、普段あたしからお兄ちゃんの部屋に行くことなんて滅多にないし、何より今来客中だし・・・。
「どうした? 何か用?」
「えっとね、この首輪を切ってほし、」
お兄ちゃんにハサミを差し出しながら、そう言おうとした瞬間――。とんでもない光景が目に入って、あたしは息を呑んだ。
「お兄ちゃん、後ろっ!」
お兄ちゃんの背後にいた、ふたりのお友達。同じ大学の人、だったかな?
そのうちのひとり、カズヤさんが、背後からお兄ちゃんに襲いかかったんだ。びっくりして声を出したけれど・・・間に合わなかった。
カズヤさんは、持っているバッグでお兄ちゃんを殴りつける。中に何か固いものでも入っているのか・・・ガツン、と鈍い音がした。
「っ、ぐ!?」
派手な音を鳴らしながら、お兄ちゃんがひっくり返る。
え!? ・・・えぇっ!? 何、ケンカ!?
「カズヤ! てめえ、なにすんっ、っう!!」
倒れたお兄ちゃんに馬乗りになって、カズヤさんがお兄ちゃんの頬を殴りつける。
・・・や、やだっ!
「何するんですか!? お兄ちゃんを離してっ!」
お兄ちゃんは、いまの状況が信じられないのか、反撃もせずに驚いたような目でカズヤさんを見るだけだった。そんなお兄ちゃんを、カズヤさんは何度も何度も殴る。
「お、お兄ちゃんっ!」
お兄ちゃんが危ない!!
慌ててお兄ちゃんの下に駆け寄ろうとした。
でも、一歩踏み出した瞬間に腕をガシッとつかまれてしまう。振り返ると、お兄ちゃんのもうひとりの友人、ケントさんが血走った目をしながらわたしを引っ張った。
「や、なにっ!? い、いたっ・・・!!」
容赦なく掴まれて、痛みに顔をしかめる。頭ん中、パニックだ。何が起きているのか、さっぱり分からない。
動転している間に力いっぱい引っ張られて、あたしは体ごとお兄ちゃんの布団の上に放り投げられた。
「きゃ、っ・・・!」
「てめっ……ケントっ、ふざけんな! あずみから離れろっ!」
お兄ちゃんが、呻きながら声を出す。
でも、お兄ちゃんの訴えをまるっきり無視して、ケントさんはあたしの上に馬乗りになった。
何、これ? 何が起きてるの!? ケントさんもカズヤさんも、普段あんなに優しいのに!
「やめろ、あずみに触んな!」
お兄ちゃんが、苦しそうに激昂した。けれど、そんなお兄ちゃんにカズヤさんが一発、容赦のないボディブローを食らわせる。お兄ちゃんは、からだを「く」の字に折って呻いた。
「ぐっ、」
「お、お兄ちゃんっ! カズヤさん、やめてっ!! お兄ちゃんにひどいことしないでっ」
制止の声を無視して、カズヤさんは部屋にあったビニールひもを手に取った。それを使って、お兄ちゃんをぐるぐると縛りあげる。
「て、めえら・・・」
お兄ちゃんは、殴られたダメージで動けない。されるがまま、からだを拘束されていく。
どうしよう、どうしよう・・・!!! 怖いけど、お兄ちゃんのこと助けなくちゃ!
「お兄ちゃ・・・っ! きゃああっ!!」
何とかケントさんの下から這い出てお兄ちゃんの下に向かおうとしたそのとき、ケントさんの手があたしのブラウスを左右に引っ張った。ボタンが弾けて、飛ぶ。
「や、なにっ!?」
お兄ちゃんをぐるぐる巻きにして縛ったカズヤさんも、こちらに向かって足を進めた。
やだ、やだ!! わけ分かんないよっ!!
「や、やだっ! なに、なんなの!?」
カズヤさんとケントさんは、ベッドの前に立ってにやにや笑いながらあたしを見下ろす。
つられて自身を見ると、ブラウスがはだけて、ブラジャーが見えていた。
「きゃっ!」
慌てて胸元を隠そうとしたけれど、ケントさんの手によって阻まれてしまう。彼は、怯えるあたしを見て楽しそうに笑った。
「ロリ顔に巨乳かよ! やべーな!」
「おい、早くしろよ」
カズヤさんも、にやにやと笑っている。
「急かすなよ」
ケントさんが、あたしの胸を乱暴に掴んだ。
…………!!!! なに、なんでこんな・・・!
「や・・・いや、いやあああっ!!!」
「やはり、演技じゃない本物の恐怖は違うな。……しかしあの首輪、血が繋がっている者には効果がないのか。・・・まあ、いい」
電線に腰掛けた悪魔は、部屋の様子を見ながらふっと口角を上げた。