快楽を呼ぶ悪魔
02
「………っ!?」
誰もいないはずの部屋。それなのに、耳元で囁かれた低い声。
先ほどまで感じていた悪寒を思い出しながらバッと振り返ると・・・悪魔が、いた。
「きゃっ、……んぅっ!」
助けを呼ぶために、叫ぼうとした。でも、それは叶わない。悪魔の手のひらが、わたしの口を塞いだから。
悪魔・・・? 本当に悪魔かどうかは、わからない。でも・・・少なくとも、人間じゃない!
姿かたちは、人間のそれに近かった。
近い……ううん。ほとんど、一緒。
190センチは越えてるであろう高い身長。
銀色の髪に、切れ長の目。瞳は、エメラルドみたいな緑色だ。
筋の通った鼻に、口角の上がった口元。
肌は、褐色・・・標準より、少し日に焼けたような色をしている。
うん。人間だったら、カッコいい部類に入ると思う。
……ううん。部類、どころじゃない。整いすぎて、びっくりするくらい。ありえないほどきれいな銀髪は、人間味を帯びていないけれど。
それなら、姿かたちが人間なのになんで人間じゃないって思ったのか・・・って?
黒くて大きな翼が、背中から生えていたから。
よくみると、八重歯も通常の人より長い気がする。
……って、のんびり観察してる場合じゃないよっ!
なに、この状況!?
なんであたしの部屋に、人間じゃない人が出てきちゃったの?
目を白黒させて震えていると、悪魔・・・もしかしたら、死神さんなのかな? 彼が、あたしの耳元に唇を寄せた。
「雪村あずみだな?」
悪魔の口から紡がれたのは、あたしの名前だった。
な、なに・・・? なんで、あたしの名前を知って・・・。
怖い・・・! あたし、もしかして殺されちゃうの?
恐怖でからだが動かない。もう、声も出ない。
かたかたと足が震える。冷たい汗が、背中を伝った。本当に怖いと、涙も出なくなるんだ・・・。
「いい反応だな」
そんなあたしの反応を見ていた悪魔は、にっと口角を上げた。悪魔の手によって覆われていた口元が、不意に解放される。けれどその手は・・・今度は、あたしの首元に当てられた。
「っ、あ・・・!」
長くて、冷たい悪魔の指。
彼は、あたしの首を掴み壁にぐっと押し付けた。
「ん、っくぅ・・・」
「雪村あずみ……。変わりたくは、ないか?」
悪魔の唇が、あたしの唇まであと数ミリというところまで近づく。
変わるとか、変わらないとか・・・言っている意味がよくわからない。っていうか、そんなことを気にしていられる状況じゃないようっ!
「……はな、し・・・っ」
離して、って言おうとした。でも、声がうまく出ない。
……苦しい。視界に青いもやがかかる。
ふいに、悪魔が口角を上げた。
「お前は俺のものだ。……生涯尽きることのない快楽をやろう」
首が、熱い。
不思議と、首を絞められた苦しさはなくなっていた。
今は、ひたすら熱い!
「っ、あ・・・!」
悪魔が、にやりと笑った。
その瞬間、首に何やら違和感を感じる。何か・・・ぶらさがってる?
・・・なに?
要領を得られず、頭にはてなマークを浮かべた瞬間、悪魔があたしの首元から手を離した。
支えを失ったあたしは、その場にずるずると座り込んでしまう。解放され、まずは思い切り息を吸い込んだ。
「けほっ、けほっ・・・。……な、に? これ、」
呼吸を整えた後、先ほどから違和感を感じる首元に手を持っていく。……何か、革みたいなものが首についていた。
な、なに? これ・・・。
状況がまったく理解できない。これってたぶん、あたしがバカなのは関係ないと思うよ。
あたしは、おそるおそる・・・部屋にあった鏡を覗き込んだ。
「・・・何、これ?」
鏡に映ったあたしの首には、真っ黒の首輪がぶら下がっていた。