快楽を呼ぶ悪魔 | ナノ

快楽を呼ぶ悪魔

01


ぞくり。
机に向かって勉強していたあたしは、背筋に走った悪寒に身を震わせた。氷のようなものを、背中に押し当てられたような感覚。

お兄ちゃんの悪戯かなって思ってきょろきょろと辺りを見回してみるけど……誰も、いない。
あたしは、首を傾げて机に向き直った。


「英語、終わらせなくっちゃ」


口の中で、ぽつりと呟く。英語の先生、すっごく怖いんだ。ちゃんと予習しないと……。

先ほどの悪寒のことなんてすぐに忘れて、あたしは再度英語のテキストに視線を落とした。えーっと、電子辞書、電子辞書・・・英訳、一番苦手なんですよね・・・。


「よお、あずみ!」


電子辞書片手に、リーディングの教科書を訳していると、バーンと大きな音を立てて部屋のドアが開いた。
心臓に悪い音に弱いあたしは、びくんと大げさに肩を震わせてしまう。にやにや笑いながら部屋に入ってきたのは……案の定、お兄ちゃんだった。


「な、なに? 部屋に入るときはノックしてよっ」

「お前にいいもの見せてやろうと思って」


お兄ちゃんの後ろに目をやると・・・遊びに来ているお兄ちゃんの友達、確かがカズヤさんとケントさんが、困ったように笑っているのが見えた。
……うぅ、やな予感がするよう。


「い、いいもの?」

「じゃーんっ!」


嫌々「いいもの」について尋ねたあたしにお兄ちゃんが見せたのは……え、エロ本!? お、女の人が・・・男の人の○○○、咥えてるっ!!


「い、いやぁあっ!!」


あたしは、手のひらでガバッと顔を覆った。
な、なんてもの見せてくれるの、お兄ちゃんのバカっ! 恥ずかしくて、死んじゃいそうなんですけどっ!


「あっはっは。な? 免疫なさすぎて笑えんだろ?」


あたしの反応を見て満足したらしいお兄ちゃんが、カズヤさんとケントさんに笑顔で問いかける。ふたりは「やめてやれよ、可哀想に」なんて言いながら、クスクス笑いを必死に堪えるような顔をしていた。


「お前の妹にはもったいないくらいかわいいよな、あずみちゃん」

「ほんとほんと。あんま虐めんなって」


ふたりは、それでもお兄ちゃんを軽くたしなめてくれた。けど、当のお兄ちゃんはどこ吹く風。にやにやと笑いながら、ひらひらとエロ本を振る。


「くくっ。じゃあな、勉強頑張れよー」


最後までバカにしたようにあたしを見ながら、お兄ちゃんたちは部屋を去っていった。
もう、最悪だよ! あの、ばか兄ちゃん!! 変なとこばっか成長して・・・中身は子どものままじゃんっ!


「うぅ、もうやだ・・・」


3人が出て行ったドアを見て、あたしはため息をついた。





雪村あずみ、高校2年生。
身長、体重共に平均以下。……経験も、平均以下。

ドラマのラブシーンを見ると、はずかしくて顔が真っ赤になる。
男の子の前に出ると、緊張してなんだか言葉が出てこなくなる。
自分でも、呆れちゃうほどだ。

お兄ちゃんは、ああやってよくからかってくるんだ。
何回からかわれても、どうしてもあたしは“そういうこと”に慣れなくて……。そんなんだからきっと、お兄ちゃんはあたしで遊ぶんだよね。わかってはいるんだけどさ。


「お兄ちゃんのばーかっ、変態っ」


あたしは、お兄ちゃんへの精一杯の悪口を言いながら、口を膨らませた。あたしがすぐ真っ赤になるのがいけない。・・・そんなの、分かってるもん。
でも、恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ・・・!!


ひとしきりドアを睨んでから、あたしはもう一度テキストに向き直った。
……集中力、切れちゃったな。
お兄ちゃんのばーかっ。あたし、頭悪いから・・・予習しないとやばいのにっ。


そんなことを考えながら、もう一度電子辞書の電源を入れたそのとき。
またしても、ぞくりという悪寒が背中を走った。氷・・・ううん、氷より冷たい何かが、あたしの体の中を走ったみたいな感覚だ。

な、なんだろ? さっきから。

あたしは、再度きょろきょろと辺りを見回した。……誰も、いないよね?
やめてよ・・・あたし、怖がりなんだから。幽霊とか、絶対ムリなんですよう。


「へ、変なの……」


音楽でもかけようかな・・・?
なんていうか・・・どこかから、視線を感じるような気がするんだよ、ね。
気のせい、かな? 気のせい、だよね?

……き、気のせいだよねっ!!!


「気のせいだっ! 気のせい気のせいっ!」


心の中で3回、口で3回「気のせい」を連呼する。
次ぞくっとしたら、リビングで勉強しよーなんて思いながらテキストに視線を落とした……そのときだった。





「雪村あずみだな……」





耳の横で、誰かがあたしの名前を呼んだ。



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