快楽を呼ぶ悪魔
01
魔界の霧は、黒い。
明かりひとつ逃さない、真っ黒な霧が、世界を覆っている。
彼――シンは、そこから来た。
「うはっ。やべーな!」
「妙な位置に性器があるし、人間って不便だよな」
真っ黒の世界・・・魔界の住人、要するに悪魔たちは、下品な歓声をあげながら、宙に映る映像を食い入るように見つめていた。
『や、ぁんっ・・・きも、ちいっ!』
『犯されてよがってんのか! 淫乱女がっ』
『ふぁ、んっ! や、やだっ・・・』
映像から、喘ぎ声とぐちゅぐちゅという水音が響く。
それを食い入るように見つめていた悪魔たちは、各々の性器に触れながら自慰行為を行っていた。
彼らが見ているのは、人間界のAV。
それも、嫌がる女性が男性に無理やり犯される……所謂、レイプもののAVだ。
ここ数百年・・・魔界では人間界のAVが流行していた。
平均寿命が1万年を超える悪魔たちの、暇つぶしのひとつだ。
「ふん・・・くだらん」
他の悪魔たちと同じように……いや、ひとりだけつまらなそうにその様子を見ていたひとりの悪魔が、おもむろに立ち上がった。
ほかの悪魔と比べて一際背が高いその悪魔は、銀髪をなびかせながらその場を立ち去る。
「シン様? どうしたんですかぃ?」
立ち上がった悪魔の隣にいた別の悪魔が、性器を扱きながら問いかける。
その様子を見た銀髪の悪魔は、彼を一瞥してふん、と鼻を鳴らした。
「つまらん。どう見たって、演技でしかないだろう」
立ち上がった悪魔はそう言うと、すたすたと歩き出してしまう。
残されたほかの悪魔は、呆気に取られたようにその後姿を眺めていた。
銀髪の悪魔はその場を離れ、切り立った崖のような場所からつまらなそうに下界を見下ろす。
……その悪魔も、はじめのうちはAVというものに興味を示していたのだ。人間は、おもしろいことを考えるな、と。自分自身が行為を行わずに、液晶を通して他人の行為を見るだけで満足感を得られるなど、当時悪魔の間では考えられないことだったからだ。
しかし、レイプものと称しながら、悦ぶ女の顔。間違いなく演技をしている、半端な表情。……つまらない。
「人間の女がよがる顔は、嫌いじゃないんだが・・・」
そう。あの顔に、抵抗や悲しみ、何よりリアリティが加われば、最高の表情になる。
悪魔、というだけあって、彼はそういう顔が嫌いではなかった。……何より、暇だ。
「……直接、見に行ってみるか」
ふと、悪魔の表情が変わった。
思い立ったのだ。下界におりて、実際に見に行けばいいんだ、と。
悪魔の力があれば……特に彼は、魔界の中でもっとも魔力の強い悪魔のひとりだった。
銀髪の悪魔は、にやりと口角をあげた。
長い指で円を作って、そこから何やら覗き込む。
「……見つけた」
目当てのものを見つけた悪魔は、ふっと口角を上げると、指を伸ばして前方を指さした。その瞬間、悪魔の前に楕円状の大きなが開く。
この道を通れば、目当ての人間のところに降りられるはずだ。
「許可なく下界に降りてもいいものか? ……まあ、いい」
ぼそりと呟いた悪魔は、もともとルールに縛られるタイプではない。
もう一度微笑むと、人間界へと続く穴へ飛び込んだ。
悪魔の、きまぐれ。
それが、一人の少女の運命を、大きく変えることとなる。
――物語は、ここからはじまるのだ。