Side 悠斗 | ナノ


(13)


現在、カウントは2ストライク、2ボール。
こん身のカーブは、柳沢に見送られてボールとなった。
次が勝負、だな。
なんとなくだけど・・・柳沢は、次は球を見送らない気がするんだ。次はきっと、バットを振る。


指示を仰ごうと、キャッチャーに目をやった……けれど、そいつはなんのサインも出していなかった。
マスク越しに、ヤツが目を細めるのが見える。……おーい、俺判断かよ!

前のときもそうだった。キャッチャーは・・・こいつは、大事な局面で、俺の好きなようにさせようとするところがある。それは、監督も・・・だけど。
信頼されてるのか、丸投げされてんだか・・・。

再度ベンチに視線をやると、「好きにしろ、」とアゴを動かす監督が目に入って、またもや苦笑いしてしまった。
……とに、もう。
隣の由紀は……ボード、折れるってば。
軽く口角を上げて微笑みかけると、由紀はこくん、こくんと頷いた。


「……ふぅ、」


軽く息を吐いて、それからぎゅっと目を閉じる。
――甲子園。厳しい夢ではあるけれど、約束したし、な。
大きな目標があるんだ。こんなところで、止まってなんかいられない。

前を見据えて、ぎりっとボールを握る。
……決めた。最後の、球。

大きく振りかぶって、そして――。











「ストライク! バッター、アウト!!」


ぶん、と。
マウンドにいても、風を切る音が聞こえるような鋭い振り。
けれど、俺が投げたこん身のストレートは、柳沢のバットを越えて、キャッチャーのミットに吸い込まれるようにして入っていった。


「……ゲームセット!」

「……か、った・・・」


主審の声と共に、グラウンドが爆発した。
マスクを脱いだキャッチャーをはじめ、チームメイトが満面の笑顔でこちらに駆け寄ってくる。


「ゆーとー! お前、よくやったなぁっ!」

「最後の局面でど真ん中のストレート投げるやつがいるかよ、ばかっ!」

「信じてたぞ、キャプテンッ!!」


駆け寄ってきたチームメイトは、好き放題言いながら俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
……そう。俺は、最後にど真ん中のストレートを投げたんだ。勝負の場に、そんな感情を持ち込んじゃいけないのかもしれないけれど・・・でも、以前敗れた投球で勝負したかった。勝ちたかったんだよな。


「ゆーと、ゆーとー!」

「甲子園、一歩近づいたなーっ!!」

「・・・お前ら、まずは整列しろって!!」


喜び方が、尋常じゃない。……こいつら、これが練習試合だってことを忘れてるな・・・。
もちろん、めちゃくちゃ嬉しいけれど・・・でも、戦いを終えてどこか冷静な気分にもなっていた俺は、チームメイトの頭をべしっと叩いて、整列するように促した。
了解、キャプテン! なんて言いながら、みんなはバッターボックスに向かって走っていく。俺も、嬉しさを抑えながらみんなと走った。


「ったく。…………ぶはっ!」


走りながら、チラッとベンチに目をやると……号泣している由紀と、それを見ておろおろしている監督が目に入って、思わず噴出してしまった。
感極まってなくなんて、本当ばか。甲子園出場を決めたわけでもないのにさ。……かわいいよな、本当。

ともあれ、俺もなんだか泣きそうになりながら、整列する。
強豪・橘高校は、俺たちとは対照的に、悔しそうに下を向いていた。1ヶ月前は、俺たちがそんな表情をしていたんだろう。


「……わかってた。ストレートが、来るのは」

「え?」


審判の合図で、両チーム頭を下げる。
帽子を外して深く礼をしていると、目の前に誰かが立ったのがわかった。……柳沢だ。
柳沢は、低い声で続けた。


「わかってた?」

「あぁ、なんとなく・・・な。お前は、以前俺に打たれた球で勝負するだろうと。……わかってたけど、打てなかった」

「まぁ、練習したからな」

「……いい球だった」


悔しそうに、けれど口元に笑みを浮かべながら、柳沢は言った。
その言葉は、柳沢が以前の練習試合での俺との勝負の内容を覚えてくれていたことを示唆するもので・・・。意識していたのは自分だけじゃなかったんだって、なんだか嬉しくなる。


「あー、っと・・・。あのさ、」

「ん?」

「俺も、わかってた。お前が、バット振るの」

「……なんだよ、気持ち悪いな」


笑いながら言うと、柳沢は呆れたように笑いながら、そう言った。……確かに、気持ち悪いかもなー。


「このさわやかイケメンが・・・」

「なんだよ、それ。悪口?」

「褒め言葉」

「悪口にしか聞こえねえよ。……ま、とにかく! 俺たち、甲子園目指してるからなー」

「一回勝ったくらいで調子乗るなよ? ……またな」

「おー。またな!」


軽く言葉を交わして、柳沢を見送る。
そう、だよな。たかが一回勝っただけだ。もっともっと、練習しねーと。

柳沢の言葉を心に留めながら、俺はベンチに向かって歩き出した。
何はともあれ、勝ったし! 夏休み最後の日を、いい形で締めくくれてよかった。


「うぇ、ふえぇっ! きゃぷ、てんっ!」

「……おー」


ベンチでは、いまだに由紀がぼろぼろと泣いていた。由紀の周りには、うろたえるチームメイトと監督がいる。由紀は、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、俺を見上げた。


「勝った、ねぇっ! おめでとーっ!!」

「ああ」





……今日は、これからもう一仕事・・・なんだけどな。





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