(11)
「……ヤダ」
真っ赤になる由紀はすげえかわいい。……だからかな。ちょっと、意地悪をしたくなる。 俺が首を振ると、由紀は悲しそうな顔をして、俺を見た。
「……うぅ・・・」
「……俺の目見て言ってくれなきゃ、ヤダ」
「……え?」
「もっかい、言って?」
我ながら、ちょっと性格が悪い気がする。 けど、やっぱり大事なことは目を見て言ってもらいたい。わがままかもしんないけど。
「あと、『あたしを〜』の前に、俺の名前を呼ぶこと」
「え、えぇっ!?」
「南ちゃんだって、『たっちゃん、南を甲子園に連れてって』って言うだろ?」
「キャ、キャプテンいじわるだよ!」
「いじわるで結構。……言ってほしい、なー?」
ど厚かましいお願いなのは重々承知。でも、できればお願い、聞いてほしい。 バカみたいだけど、もし言ってもらえたら……明日の試合、すげえ頑張れる気がするんだ。
「っ、・・・。ゆ、ゆゆ、悠斗くん・・・!」
「はい」
「あたしを・・・ゆ、由紀?を、甲子園に連れてって・・・くださいっ!」
「……了解っす」
……思いのほか、破壊力バツグンだった。 まっすぐ目を見て言われた言葉は、俺の胸にずこーんと突き刺さって・・・。今度は俺が、由紀から目を反らしてしまう。かわいいし、恥ずかしいし・・・好きだし。 けれど、由紀はそれを許してくれなかった。下を向いた俺を覗き込みながら、無理やり視線を合わせてくる。
「……あたしの目見て返事してくれなきゃ、ヤダ」
「うぇっ!?」
「さっき悠斗くんが言ったことです。……はい、どうぞ」
「っ、や・・・約束する。絶対、由紀のこと甲子園に連れてく」
「……はいっ!」
今度こそ、由紀は恥ずかしそうに、けれどにっこりと笑った。 つーかもう、マジで頑張ろう。俺だけの夢じゃなくなったんだ。甲子園への出場は、由紀の夢にもなった。絶対、ぜーったい甲子園行ってやる。
「おし。明日・・・絶対勝つからな!」
「うん! あたしも頑張るっ!」
「……だから・・・明日の試合が終わったら…」
“呼吸を止めて一秒、あなた真剣な目をしたから〜♪”
「明日の試合が終わったら、大事な話、聞いて」。言おうとした言葉は、途中で阻まれた。 ……携帯、マナーモードにしとくの忘れてた。 しかも、この着信音って・・・
「…………、」
「ゆ、悠斗くん電話・・・出て?」
「・・・つばさか。ごめん、ちょっと待っててな?」
「……っ、」
タイミング、悪い・・・。空気読んでくれー。幼馴染の恋を応援してくれ! 心の中で恨み言を言いつつ、由紀からちょっと離れて、通話ボタンを押す。
「おー、つばさ?」
『ゆ、悠斗くん、助けて!』
「ど、どうした・・・?」
電話に出ると、つばさは開口一番悲痛な声を上げた。 んん? なんだ??
『明日、葵が誕生日らしいの!』
「あ、・・・あー! そうだったっけ」
そういえば、そうだ。 アイツの誕生日は8月31日。……夏休みの最終日だ。
「で、何が『助けて』なの?」
「プレゼントどうしよう! 悠斗くん、葵の好きなものって何だか知ってる?」
「……あー、と・・・つばさ?」
「ば、ばかっ!」
葵の好きなものなんて、最近だと「つばさ」しか思いつかないけどなー。そう思ってわりとまじめに返答をしたんだけど、つばさにはふざけているように聞こえたらしい。電話口でぷんすか怒っている。 でも実際、つばさが葵の気持ちに応えるのが、一番のプレゼントだと思うんだけどなー。 ……つーか、夏休みだけど・・・つばさ、葵に会うのか? 葵、例年実家には帰らずに長期休みも寮で過ごしてるから、会おうと思えば会えるはずだけど・・・。つばさ、1日早く寮に戻ったりするのだろうか?
『悠斗くん! あたしはマジメに相談してるの! 早くしないと、お風呂から出ちゃう!!』
「は? お風呂・・・?」
『、……ぎゃーっ!!』
「お、おい・・・?」
『電話、悠斗くんだよ! ……ち、違うよ!? はぁ? 浮気なんてするわけないでしょ! ……あ、ちょ・・・』
「お、おーい」
『…………ごめんなさい、悠斗くん。切らないと、このあと大変な目に合うそうです・・・』
「は? えーと・・・大丈夫か?」
『うん、ごめんなさい・・・。……切るって言ってるでしょ!? 変わんなくていいってば! ……本当ごめん、悠斗くん。また後でメールする!!』
そして、プチン。 話の途中で突然慌てだしたつばさは、電源ボタンを押した。 ……意味がわからない・・・。 アイツの親かなんかか? 男と電話するのが許せない、とか? でも、離婚しておじさんはもういないらしいし・・・おばさんは昔から知ってるけど、そんなに厳しい人だったっけ・・・?
「……? あ、由紀・・・ごめんな、」
「う、ううん。……大西さんと、仲、良いんだね。・・・ほんとに」
「あー、まぁ・・・。小学生の頃も一番仲良かったし・・・。あいつ今、」
“PPPPP、PPPPP・・・”
「あいつ今、葵のこと気になってるみたいでさ。葵はべた惚れだし・・・。まどろっこしいことしてないで、早くくっつきゃいいのにな」。そう言おうと口を開いた俺の言葉は、またしても阻まれる。 ……なんだよ、もう。
「……で、出て?」
「ホント、ごめん」
ため息混じりに、ディスプレイを確認。……葵、か? なんだよ、珍しいな。 またも由紀から離れて、通話ボタンを押す。
「おー、どうした?」
『さっき、電話あったか?』
「は? ・・・つばさから?」
『そー』
葵と話すのは、終業式以来・・・つまり、1か月半ぶりだ。ちょくちょくメールを送ってくるカナとは違って、メールのやり取りも必要があるときしかしなかったから、かなり久しぶりなんだけど・・・相変わらず愛想ねーな。
「つばさからなら、ほんの1分前に電話あったぞ?」
『何の話した?』
「え? ・・・あー、強いて言うなら恋愛相談?」
『……んだと?』
「……怖い声出すなってば。お前にあげるプレゼントの相談」
『あー、そっか。なるほどな。……、』
「・・・おい、葵?」
伝えた瞬間、葵は声にうっすら嬉しさをにじませた。それから、通話口を塞いでいるのか・・・一瞬、声が聞こえなくなる。
「おーい、葵ー? 切っていいかー?」
『……あ、悪ぃ。「お前でいい」って言っといた』
「はぁ?」
『悪かったな。部活頑張れよー』
「あ、あぁ・・・」
……ワケが分からん。 なんだ、あのアホふたり。ものすごくいいところで邪魔しやがって・・・。
ぐちりつつ、由紀の元に戻る。 由紀は、何かを考えるようにして俯いていた。
「由紀、ごめんな?」
「え? あ・・・ううん・・・」
「あー、と…。……部屋、戻るか。そろそろ冷えてきたし、明日も早いし」
「うん。……明日、頑張ろうね」
「おー」
にこりと笑った由紀は、どことなく元気がないように見えた。 少し頭に疑問を浮かべつつ、俺と由紀は並んで合宿所に戻った。
……明日は、絶対勝つ。
---------- 少しだけ補足です。 葵とつばさがくっついたのは、8月半ば。この時点でカップル状態であり、ふたりっきりのラブラブ寮生活をしています。ですが、悠斗をはじめ、クラスメイトはふたりが付き合っている事実も、つばさが寮に残っていることも知りません。 葵とつばさは電話口で一緒にいます。「一緒に入るか」という葵のお誘いを全力で断り、葵がお風呂に入ってる隙をついてつばさは悠斗に電話をかけています。それを葵が発見→葵「何の話してたんだ?」→つ「絶対教えない!」→葵が悠斗に電話、の流れです。電話の向こうで、つばさは葵に襲われてます。
ごめんなさい、長々と。以上、補足でした!
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