(10)
――試合前夜。
明日は、橘高校と再戦の日。 今回もまた練習試合ではあるけれど、夏休み最後の日に日程が組まれているのもあり、この夏の練習の成果を試す、大事な試合だ。 全国大会常連の橘高校との試合は、自分たちの今の実力を量るバロメータにもなるしな。それに、橘高校には夏休みの練習試合で一度負けているから、リベンジ戦でもある。
そんなこともあって、試合前夜の今日、俺はどうにも眠ることができず、気分転換をするために外に出た。 真夏ではあるけれど、涼しい地域を合宿場所に選んでいるおかげもあって、日が落ちてからはだいぶ暑さもやわらぎ、涼しい風が吹き込む。 自動販売機で冷たいお茶を買って、俺は何をするわけでもなく、合宿所脇のベンチに座った。
「あ、……キャプテン・・・?」
「由紀?」
ベンチに座って15分ほど経った頃だろうか。ふと、後ろから聞きなれた声がした。 振り返ると・・・由紀だ。ちょっと驚いたような表情で、俺を見ている。
「こんなところで、どうしたの・・・?」
「ん? あー、眠れなくてさ」
「ダメですよー。明日朝から試合なんだから、早く寝てくださいっ!」
「由紀もだろ」
俺の言葉を聞いた途端、マネージャーモードでプリプリと説教をはじめる由紀に言い返す。由紀はぷーっと膨れながら、俺の隣にちょこんと腰掛けた。
「あたしはいいの。マネージャーだから」
「よくないの。……夜とはいっても冷えるし、部屋に戻ったほうがいいぞ? 風邪引くし・・・」
「悠斗くんが戻るまで、戻りません。……マネージャーだから」
……マネージャーは、なんでもしていいんだな・・・。 まぁ、「風邪引くぞ」とは言ったものの、風邪を引くほど寒いわけでもない。俺はため息ひとつついて、由紀に向き直った。
「合宿も、明日で終わりだなー」
「そう、だね。来年は卒業だし、冬休みはオフシーズンだから・・・。長期の合宿は、これが最後だね」
由紀は、どことなく寂しそうに、ぽつぽつと言葉を発した。 たしかに。年末年始と被る冬休みは、毎年2〜3泊の合宿以外を自主練にしているし・・・。長期合宿は、これが最後になるんだろうな。
……って!
「最後じゃないだろ?」
「……え?」
「甲子園。……行ったら、最後じゃないよな?」
「……!」
にっこり笑いながらそういうと、由紀は少し目を開いて・・・そして、ふにゃりと笑った。
「そうだ。・・・そうだね、ごめんね」
「南ちゃんに憧れて野球部マネになった由紀のためにも、甲子園、行かなきゃなんないし」
「……もうっ!」
言葉では怒っているけれど、由紀はどことなく嬉しそうだった。
「……明日の試合・・・勝たなきゃな」
心の中の抱負は、思わず言葉になって口から出ていた。 由紀は、俺をじっと見て、こくんと頷く。
「……うん」
「由紀も、サポートよろしくな!」
「うんっ!」
由紀は、大きく頷いた後・・・急に、きょろきょろと視線を動かした。 そして、俺をじっと見た後、ふいっと視線を反らす。 ……あぁ、これは・・・あれだ。由紀が、言いにくいことを言おうとして、口をつぐんでしまったときの顔だ。
「どした? なんかあるなら、言え?」
「え、えっと・・・」
「由紀、わかりやすいんだよ。なんでも聞くから……言って?」
「あ、あの・・・あのね、」
由紀の顔は、真っ赤だった。 一体、何を言おうとしてるんだ・・・? 疑問に思いながら、由紀の顔を覗き込む。
「あのね・・・あ、あたしを……」
「ん?」
「あたしを、甲子園に連れてって! ……くださいっ」
俺から視線を反らしたまま、由紀が言った。
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