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笑顔、見られたよぉー


驚く友人たちを置いて、オレは家までの道をとぼとぼと歩いていた。
時刻は、19時半。あと1時間で兄ちゃん帰ってきちゃうし……早く帰って、ご飯作んなきゃ。


「うぅ・・・ぐすっ」


ぐすぐす泣きながら夜道を歩くオレは、端から見たら完全に不審者だ。
道行くサラリーマンやお姉さまが、ぎょっとしたように振り返るけど……オレの心は後悔と自己嫌悪でいっぱいで、そんなことに構っていられなかった。もう・・・最悪だよぅ、オレ。

明日からは、朝リッちゃんがおうちに来てくれることもないし、一緒に勉強してくれることもない。笑ってくれるなんて夢のまた夢で、微笑んでさえもくれないんだろーな。
自分でリッちゃんの腕を振りほどいた結果とはいえ、ものすごく堪える。辛い。やだもう。ガッコ行きたくない。


「うぇ、ぐすっ・・・」


邪魔者が何言ってんだかって話だけど……。
オレ、リッちゃんいないガッコになんの魅力も感じられないんだ。かわいい子も、甘い言葉も・・・どうでもいい。そんなの一生なくていいから、リッちゃんとお話したいよ。

アパートの階段をのぼりながら、オレはぐいっと涙を拭った。
もうやだ。オレっていつからこんな泣き虫になっちゃったんだろ。


「永瀬くん・・・!」


心が弱いのかな? だから、こんな涙が出てくるのかにゃ・・・?
空手にでも通えば、少しはこのダメすぎる根性がなおるのかな?


「あの・・・永瀬くん?」


心が弱いから・・・たぶん、幻聴が聞こえるんだろう。
リッちゃんが、オレの家の前で待ってるなんて・・・あるわけないのに。リッちゃんの手を振り払ったのは、誰でもない。オレなんだから。


「……永瀬、くん?」


幻覚まで見えてきた……。
ダメだ。もうオレ末期だ。進行型の末期リッちゃん病だ。

幻覚のリッちゃんは、オレを見てなんだか泣きそうな顔をしていた。
幻覚なら、リッちゃん笑ってくれればいいのに。


「リッちゃん・・・」

「は、はい」

「笑って?」

「・・・え?」

「もう……オレこんなんでごめんねぇ・・・」


言ってたら、またぶわっと涙が溢れてきた。うわーんっ!
幻覚のリッちゃんは、慌てた様子でポケットからハンカチを取り出した。そして、そのハンカチをオレの目元に押し当てる。

……あり?


「ど、どうされたんですか? 泣かないでください」

「……あ、あれ?」

「え、と……わっ!」

「あれ? リッちゃん、本物?」


オレの涙を拭くリッちゃんのほっぺたに手を当てて、ぺたぺたと触る。
リッちゃんは、オレの涙を拭くポーズのまま、カチコーンと固まってしまった。
あれ、なんかデジャヴ? ……って!


「わ、わあぁっ! リッちゃん、本物!?」

「え、えぇ・・・本物ですよ」


リッちゃんは、ほっぺたをほんのり赤く染めながら、こくりと頷く。
ちょ、ちょっと待って! オレ、幻覚相手だと思って泣き喚いちゃったよぅっ!


「な、なんで!?」

「え?」

「なんで、リッちゃんここにいるのっ?」


オレ、リッちゃんの手振り払っちゃったのに。
捨てられるのが怖くて、なにも知らないリッちゃんから逃げちゃったのにっ!

でも、オレの言葉を責めているととったのか、リッちゃんは謝罪しながらぺこりと頭を下げた。
それから、覚悟を決めたみたいにオレを見る。


「しつこくてすみません。必要ないと言われたのにこんなところまで来てしまって……。完全に、おせっかいなんですけど・・・」


言いながら、リッちゃんは手元の紙袋から何やら本を取り出した。


「昨日、模試で駅前まで行ったときに……その、本屋で参考書を見つけたんです。シンプルなんですが、解説がしっかり掲載されていて・・・永瀬くんにピッタリかなって思って、つい買ってしまって」

「うぇ・・・? お、オレに?」

「はい。不要なら捨てていただいて構いませんので・・・受け取っていただけませんか?」

「す、捨てるなんて絶対しないよぅ!」


不安そうな顔で参考書を手にしていたリッちゃんは、オレの言葉を聞いてほっとしたように破顔した。
それから、そのまま参考書をはい、と差し出してくる。
けど、でも……。オレは、その参考書を受け取れずに、ふるふると首を振る。
だって、参考書を受け取ったらリッちゃんが帰っちゃう。そしたら・・・そしたら、オレとリッちゃんを繋ぐ糸って、今度こそなくなっちゃうんだ。


「ご、めんなさい・・・リッちゃん。いままで、ホントにホントにありがとうございました」

「え・・・?」

「助けてくれてありがとう。オレのこと考えてくれてありがとう。ホントに・・・ホントにありがとう」

「そ、んな・・・。わたし、本当に好きでやってることなんですよ?」

「違う。わかってるの。オレって、リッちゃんにとっては邪魔者でしかないって。でも・・・でもオレ、どうしてもわがまま言いたいの」

「わがまま・・・?」

「うん、」


こくりと頷くと、リッちゃんは「なんですか?」と優しい声色で言った。


「オレ・・・オレね、リッちゃんがいないとダメなの」

「え?」

「センセに頼まれてオレの面倒見てたのは知ってる。そんでもって、今日オレの面倒はもう見なくていいって言われたのも知ってる。……でも、オレリッちゃんとのつながりが切れるのは嫌だ」

「……、あ」

「リッちゃんから手を離されるのが怖くて仕方なかったの。だから、リッちゃんから離れようと思ったんだけど・・・無理、なの。オレ、去年どうやってガッコ行ってたのかわかんない。リッちゃんがいない生活がもうわかんないの」


だから、と。オレは続ける。
オレの言ってることは、わがままでしかないことはわかってるよ。それでも、どうしても言わずにはいられない。


「オレ、リッちゃんの迷惑にならないようにべんきょがんばる。朝もちゃんと起きる。……だから、オレを傍において? オレ、リッちゃんいないともうダメなの。なにも楽しくないの」

「…………永瀬くんは、」


泣きじゃくりながら言い切ると、長い沈黙の後、リッちゃんが口を開いた。
その声は、いつものリッちゃんの声じゃないみたいに低くて……なんか、怒ってる?


「あ、あの・・・」

「永瀬くんは、わたしのことをなんだと思っているんですか? わたし、永瀬くんのことを迷惑だと思ったことなんて一度もありません。邪魔者だなんて、絶対に思いません。わたしだって、永瀬くんと一緒に勉強をしたり、登下校をするのは楽しいんですから」

「へぁ?」

「先生方に何を言われたのかはわかりませんが……たしかに、わたしは佐藤先生に永瀬くんのことをお願いされました。けれど、それだけでこんなにおせっかいなことはしません。何度も言ったはずです。わたしは、好きでやっているんだって」


リッちゃんは、オレのことを睨みながら淡々と言葉を口にする。
や、やばい・・・。リッちゃん、ちょー怒ってる。


「大体、邪魔者ってなんですか。わたしがなんで永瀬くんを邪魔者扱いするんですか?」

「だ、だって・・・センセたちが、リッちゃんに厄介ごとを押し付けたって……」

「だから、なんでそこで先生方の言葉を信じて、わたしの言葉を聞こうとしないんですか。バカですか?」

「う、ぅ・・・バカです」

「ホント・・・バカですよ、永瀬くんは。他人の言葉を聞いておかしなことを考える前に、わたしの言葉を聞きに来てください」

「は、はい」


しゅーんと反省しつつ、いろいろ言い切って深くため息をついたリッちゃんの顔をうかがうように覗き込む。リッちゃんはほっぺたを膨らませて……それから、少しだけ微笑んだ。
え、と・・・それじゃあ・・・。


「お、オレ・・・これからも、リッちゃんにまとわりついてもいいの?」

「……まとわり、ついてください。わたしからもお願いします。……傍にいさせてください。永瀬くんが嫌になるまで・・・おせっかい、焼かせてください」

「うぅ・・・うわーんっ!」

「あ、あーもう。泣かないでください!」


リッちゃんの言葉で、オレの涙腺はまたもや崩壊した。
自慢の顔をぐっちゃぐちゃにしながら泣いていると、リッちゃんが慌てたようにオレの顔を覗きこんだ。


「ど、どうしよ・・・。えっと……あの、永瀬くん、朝なにか報告があるって言ってましたよね?」

「う、うん・・・ひっく」

「そうしたら・・・それ、話して頂けませんか・・・? わたし、気になってたんです」


そう言ってリッちゃんってば微笑んじゃったりなんかするから、オレの涙腺はまたもや決壊した。
覚えててくれたんだぁ、リッちゃん・・・。


「あ、あのねっ・・・オレ、オレ……べんきょする理由、できたのっ」

「勉強する理由?」

「やりたいこと、見つけた、かもしれないの。オレ・・・カズちゃんみたいな人を助ける、ホームヘルパーさんになりたいなっ、て」


言いながら、ふとオレの脳裏に先ほど友人たちにこの話をしたときの光景が思い浮かぶ。
全否定、されちゃったよなぁ・・・。どうしよ、リッちゃんにも笑われちゃったら……なんて思いにふけってまた泣きそうになっていると、急にシャツの胸の辺りをぎゅっと握られた。


「ほぇ?」

「ピッタリですよ、永瀬くんっ」

「、っ!」


バッと顔を上げたリッちゃんは……目じりを下げて、ものすっごーく嬉しそうな顔で笑っていた。
オレは、待ち望んだはずのその顔を見て、思わず硬直してしまう。


「永瀬くん、困っている人に手を差し伸べられる方ですし……永瀬くんなら、さみしい思いをしている方々を助けてあげられるヘルパーさんになれると思いますっ」

「り、リッちゃん・・・」

「わたしも応援しますっ! だから・・・がんばってくださいっ」


やばい。やばい、やばいっ!
オレ、絶対顔赤いよ! まっかっか。

興奮しているのか、オレのシャツにしがみつくようにしながら破顔するリッちゃん。
やばい、もう。かわいい、かわいいっ!
何これ? 心臓おかしいよ、オレ! 音立てすぎ! うるさい、うるさいから黙れ心臓のバカッ!


辛抱たまらなくなったオレは……やっちゃいけないことをした。
つい・・・つい、オレにしがみついてくるリッちゃんの顔を両手で包み込んで、自分の唇を寄せて――。


「ん、ぅっ!?」


リッちゃんのくぐもった声が至近距離で聞こえる。
やっちまった、と後悔したのは、長い時間唇を塞がれていたリッちゃんの体から力が抜けて、リッちゃんがその場に座り込んでからだ。

えぇと……つまりオレ、リッちゃんにぶっちゅーっとチューしちゃいました。
しかも、理性が吹っ飛んで・・・深いやつ。甘く鳴くリッちゃんがかわいくてかわいくて……つい、舌突っ込んで、リッちゃんの口の中かき回しちゃった。


せっかく仲直りできたのに……。
マジで滅びろ、オレ。






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