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リッちゃんの昔話


Side Ritsu



「お、おい・・・律、コンビニ寄らねぇ? ファ○チキおごってやるよ」

「ううん、いい」

「あ、じゃあ・・・パフェ! パフェ食おうぜ。今日暑いし、絶対うまいぞ? 律パフェ好きだろ?」

「ふふ。大丈夫だよ。進ちゃん、ありがとね」


そう言うと、進ちゃんは心配そうにわたしの顔を覗きこんだ。
そんなに変な顔してるのかな、わたし。……してるんだろうな。


「で、でも・・・御役御免でよかったじゃないか! 佐藤先生、永瀬登校させたこと褒めてくれたんだろ? 律にも勉強あるし・・・よかったじゃん」

「……、御役御免なんて・・・」

「俺も年度末に永瀬に勉強教えたけどさぁー。アイツ、ほんまもんのバカじゃん? 勉強教えるの、大変だっただろ?」

「そんなことない、よ」


進ちゃんの言葉に、わたしはふるふると首を振る。
……別に、大変だと思ったことなんか・・・なかった。わたしが好きでやっていたことだったのだから。


「毎朝迎えに行って、永瀬用の教材作って……。先生からの頼みとはいえ、律もよくやったよなぁー。厄介払いできてよかったよ、本当。これで律も自分の勉強に集中できるしな」

「……違う。違うの、進ちゃん」

「へ?」


進ちゃんが、わたしを気遣って言葉を選んでくれているのはわかっているけれど……。
わたしは、そんなにいい子ちゃんじゃない。
先生に頼まれたから、永瀬くんに対してそこまでのことをしたわけじゃ、ない。


「永瀬くんだったから、なの」

「なに言って・・・」

「永瀬くんじゃなかったら、ここまでのこと、絶対しなかった。わたし・・・そんなにいい人じゃないよ、進ちゃん」

「な、なんで・・・?」

「……恩返し、したかったから」

「恩返し・・・?」


わたしの感情は、幼馴染の進ちゃんもまったく知りえないことで・・・。
わたしは、誰にも吐露したことのなかった想いを、進ちゃんに向かって口にした。


「初恋なの、永瀬くんは。……ずっと・・・好きだったんです」

「うっ、」

「し、進ちゃん!?」


そう言った瞬間、進ちゃんは胸を押さえて・・・それから、支える間もなく地面に崩れ落ちた。
慌てて倒れた進ちゃんを揺さぶると、進ちゃんは顔を伏せたまま「大丈夫だ」と言葉を発する。


「あ、あの・・・」

「大丈夫だ・・・大丈夫だから……。だから、続けろ。お前の想いは俺がぜーんぶ受け止めてやるから。……うぅ、」

「あ・・・進ちゃん、ありがとう」


幼馴染の進ちゃんは、懐が深くて・・・本当にあたたかい人だ。わたしなんかより、ずーっと人間が出来てる。


「わたし、小学校1年のときに転校して・・・1年間、隣県の小学校に通っていたでしょ?」

「あ、あぁ・・・。くそっ、俺の知らないところで・・・」

「転校先の小学校にいたのが、永瀬くんだったの。それでね・・・わたし、転校してすぐ、虐められて……」








**********

――10年前。

わたしは、当時から勉強だけは得意だった。
夫婦仲が非常に悪かった父と母。でも、一人娘のわたしが勉強を頑張ったときだけは、ふたりが喜んでくれるから。「さすが俺たちの娘だ」って、笑ってくれるから。当時のわたしは、父と母の笑顔を見る唯一の機会を作るためだけに勉強をしていた。

けど……。
転校早々クラスで1位をとったわたしは、クラスメイトの虐めの標的になった。
がり勉とか、生意気とか……どこで聞きかじったのか、「裏口入学」なんてことも言われた。
子どもってすごく残酷で……大人よりずっと、出る杭は打たれて駆逐されるものだったんだ。

両親を喜ばせるために、テストで手を抜くことは出来なかった。1番じゃないと、父は喜んでくれなかったから。
だけど、1番を取ると、クラスメイトからひどい虐めにあう。今思えばいろいろ対策はあったんだろうけど、あのときのわたしは八方塞りの状態で……悲しくて、悔しくて、泣いてばかりいた気がする。


そのとき、わたしを救ってくれたのが同じクラスだった永瀬くん。
彼は、当時から勉強が苦手だったみたいで……成績は、いつもクラスで最下位だった。
けれど、永瀬くんはそんなこと全然気にした風じゃなくて、唯一、わたしに笑顔を向けてくれた。すごいと、言ってくれた。


「なぁーんか、お前ちょーださい。成績で負けたからって女の子虐めるなんて、ださい。だっさーい」

「な、なんだよっ! だってこいつ、生意気なんだよっ。勉強ばっかりで気持ち悪いだろぉっ」

「えー? どこが気持ち悪いのぉ? ほかのガッコから来て一番なんてすごくない?」

「そ、荘・・・お前どっちの味方なんだよ!」

「オレぇ? オレは、かわいい子の味方」


そう言って、永瀬くんはわたしに向かってにこりと笑った。
当時から、妙な色気で同級生のみならずその保護者まで魅了していた永瀬くんの言葉は絶大で……クラスメイトの女子は、わたしに対して陰口を言わなくなった。女の子に嫌われたくない男の子たちもわたしへの虐めをやめて……虐めは、ピークのときが嘘みたいに収まった。

それからも、永瀬くんは勉強しか取り得がないわたしと仲良くしてくれた。
両親の仲が悪くて家に帰りたがらないわたしを自宅に招いてくれた。
ケアレスミスで2番になってしまって泣きじゃくるわたしに、「2番でもリッちゃんはすごいよ」と笑いかけてくれた。涙を拭ってくれた。
両親の仲が悪いこともあって嫌いだった「律」という名前を、かわいいと言ってくれた。
わたしにとって、永瀬くんはヒーローみたいな人だったんだ。

永瀬くんの家は、いわゆる母子家庭というやつで……。
けれど、永瀬くんのお母様はすごく優しくて、あたたかな人だった。
いつも笑顔で迎えてくれて、あたたかいココアと手作りのクッキーをわたしに食べさせてくれた。
だから……亡くなったと聞いたときは、本当に驚いた。
当時中学生だった永瀬くんのお兄さんにも、本当によくしていただいた。
虐めがなくなったとはいえ、一時でも虐められていた教室は、わたしにとって苦痛を感じる場所で・・・。ギスギスした家も、子どものわたしにとっては辛い空間だった。
だから、わたしにとっては……人様の家に対してそんなことを思うのは迷惑以外のなにものでもないんだろうけど……永瀬くんの家は、唯一安心できる場所だったんだ。


小学校2年生の10月。父と母の離婚が決まった。
もともと夫婦仲も悪かったし……変な話だけど、ある意味円満離婚だったみたい。お互い、早く離れたくて仕方なかったふたりは、財産分与もとくにもめることなく進め、父は職のこともあるからそのままその地へ在住。母とわたしは、転校する前の空き家に戻ることとなった。

転校が決まったとき、永瀬くんはわたしをぎゅっと抱きしめた。それから、「リッちゃんが、泣かないで笑顔でいられますように」って頭を撫でてくれた。
正直、学校に未練はなかった。けれど、永瀬くんと離れることは、わたしにとってすごく辛くて・・・。永瀬くんのお母さんが開いてくれたお別れパーティでも、わたしは泣き通しだった。


たった、1年しかいられなかったけど・・・。
永瀬くんは、わたしにとってのヒーローで、光だったんだ。








**********


「うぅ・・・カッコよすぎてムカつく、当時の永瀬」

「本当に、カッコいいでしょ? 永瀬くんって、わたしにとっては憧れの人で・・・尊敬に値する人なんだよね。だからかな、今もうまく喋れないの」


以前、永瀬くんに言われた。「なんでリッちゃんはオレにだけ敬語なの」って。
あれ、言われたときは自分でもわかってなかったんだけど……そういう理由なんだろうなって、後で思った。


「でもね、まさか永瀬くんが同じ高校にいるなんて思ってもみなくて……。だから、佐藤先生に永瀬くんのことお願いされたときも、正直同姓同名の他人なんじゃないかなって思ってたの」


でも、少しの期待を胸に抱えて永瀬くんの家に行ったわたしは、8年半ぶりの再会を果たすことになる。
……まぁ、チャイムを鳴らした瞬間にほぼ下着姿の女の子が出てきたときには、さすがに少し驚いてしまったけれど。

わたしの苗字は、転校を機に母の旧姓に代わっていたから……名乗っても、永瀬くんはわたしに気がつかなかった。まぁ、そうじゃなくてもたった1年のこと。わたしにとっては大事な思い出でも、永瀬くんにとってはなんてことない出来事だったのかもしれない。


「それでね・・・わたし、恩返ししたいなって思ったの」

「恩返し・・・?」

「うん。はじめて永瀬くんの家に行ったときに、わたし聞いたの。『卒業する気はありますか』って。そうしたら、永瀬くん頷いたから……。わたしって、勉強くらいしか取り得がないでしょ? だから、その唯一の取り得で、永瀬くんに恩返しできたらなって」


だから、迷惑かなと思いながらも教材を作った。
うっとうしいかなって思いながら、毎朝迎えに行った。


「だから・・・違うの。わたし、そんないい子じゃないよ。永瀬くんだったから・・・ここまでのこと、したの。御役御免なんかじゃない。わたしが、好きでやっていたことだったんだから」

「律・・・」

「でも、それも今日で終わりかな。もう、わたしがいなくても大丈夫って言われちゃったし」

「……お前、さぁ・・・永瀬と付き合いたいとか思わないわけ?」

「付き合う・・・?」


進ちゃんの言葉に、わたしは首を傾げた。
そ、っかぁ。永瀬くんと付き合うなんて、わたし考えたこともなかったなぁ。


「考えたこと、ない」

「なんで?」

「なんでだろうね? ……好きとか、尊敬とか、憧れとか、思い出とか・・・いろんなものが混ざりすぎて、自分でも自分の感情がわからないの。健気ぶるわけじゃないんだけど・・・永瀬くんが幸せに、思うように生きられれば、それでいいかなって」


我ながら、なんだかバカみたいなセリフだ。それを聞いた進ちゃんは、「バカだなお前って」と呟いて薄く笑った。

手の中の紙袋が、カサリと音を立てる。……最後にひとつだけ・・・おせっかいをさせてください、永瀬くん。
わたしは、進ちゃんにお礼を言ってわかれ、永瀬くんのアパートへ続く道を歩き出した。






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