笑っちゃダメ!
あの日から、5日間が経った。 今日は、待ちに待った?中間テストの日。
あのあと……。結局リッちゃんから離れないオレを、佐藤センセは呼び出した。 「里中に迷惑だろ」とセンセに言われたオレは、しょぼーんとしつつすぐにリッちゃんのもとに向かう。リッちゃんに、「他人の言葉を信じて変なことを考えてないで、まずわたしに聞きに来い」って言われたからだ。……これ、よくよく聞くとすごくない? リッちゃんってホント男前だよねぇ。
聞きに行ったら、リッちゃんは「迷惑じゃないですよ。わたしにも、永瀬くんが必要なんですから」って言ってくれた。それから、なんと佐藤センセに話をつけに行ったんですよ、奥さん。心配になってこっそりつけたら、リッちゃんは「お気持ちは嬉しいですが、生徒の交友関係に口を出すのはいささか行き過ぎではないでしょうか? わたしはわたしのしたいようにします」と啖呵を切ってくれていた。ちょーハッピーな気分になりました、まるっ!
オレがやらかしたベロちゅーは、リッちゃんの記憶から消去されたらしい。 翌日、いつものように迎えに来てくれたリッちゃんは、あまりにも普通だった。普通すぎてショックを受けるくらいに普通だった。 でもまぁ・・・オレ、自分からあんなちゅーしたの初めてで……。自分でも、なんであんなことしたのかさっぱりわからなかったから、リッちゃんがなかったことにしてくれてよかったの、かも。……ちょっとモヤっとするけどねん。
とにかく、今日は中間テストDAY。 「普段勉強していれば、直前になって慌てることなんてないんですよ」とテストの日まで通常運転のリッちゃんは、ギリギリまでオレのべんきょに付き合ってくれた。 ……オレ、このテストで3割以下だと留年の可能性が跳ね上がるからねぇー。リッちゃんとの楽しいスクールライスのためにも、このテストは落とせないんですよぉー。
「スクールライフですよ、永瀬くん。ライスじゃお米です」
「あ、あぁー・・・ホントだ。ケアレスミスだぁ・・・」
「いっちょまえに『ケアレスミス』なんて言葉使ってんじゃねーよ、永瀬」
「にゃにおうっ!」
問題用紙を広げてリッちゃんと英語の答え合わせをしていると、横から進ちゃんが口を挟んでくる。 聞いた話によると、進ちゃんも成績はすんごーくよくて、常に学年で10番以内をキープしてるんだとか・・・。この幼馴染コンビめ! その頭脳ちょっとわけてから進ちゃんだけ滅びろっ!
個人的な恨みから心の中で進ちゃんにぐちぐち文句を言っていると、進ちゃんがふとリッちゃんの問題用紙に視線を動かした。
「おぉ、律。お前、問7の(1)ってどうした?」
「あ、そこ・・・わたしも自信ないの」
言いながら、リッちゃんの手が、進ちゃんの腕に伸びる。 「あ、」と・・・なんだか無性に声を出したくなった。
「あれってひっかけだよな? Aに見せかけてBっつー」
「えっと・・・でも、この関係代名詞ってこっちにかかるよね? そうすると、この質問の答えはAになるんじゃないかな?」
「うわ、マジか」
リッちゃんと勉強しているとはいえ、オレの頭はまだまだクラスでも下のほう。 このふたりの会話についていけるはずもなく……黙ってその様子を眺める。……んだけど、なんかモヤモヤする。 リッちゃん、進ちゃんの腕に乗ってる手って必要なくない? そんな微妙なスキンシップやめればいいと思うよ、オレ。っていうか、そもそもなんで進ちゃんとは普通に話すのに、オレに対しては敬語なわけ?
ムカムカする。なにこれ。 落ち着けぃ、優しい優しい荘介くん。お前はこんなことでイライラするようなやつじゃないだろう?
必死にモヤモヤ&ムカムカ&イライラを押さえつけている間も、リッちゃんと進ちゃんの幼馴染トークはとどまるところを知らない。 ふたりは、それぞれの考察的ななにかを言い合いながら、問7の(1)とやらの答えを議論している。問7の(1)……ちょームカつく。リッちゃんの手をわずらわせてんじゃねーよぅ。
数分間にわたる問7の(1)の答え探しは、どうやらリッちゃんの勝利だったみたいだ。会話の内容はわかんなかったけど・・・進ちゃんが、おでこに手を当てて呻いたから、たぶんリッちゃんの勝ちっ!
「うわぁ・・・そうだ。これ、やっぱり答えAだわ」
「そ、そうだよね? よかったぁ・・・ここ、不安だったの。ありがと、進ちゃん」
「……、!」
問7の(1)が正解だったのが、よほど嬉しいんだろう。リッちゃんは、ほっと息をついて進ちゃんにお礼の言葉を言うと……にっこりと、笑った。 ちょっと・・・やだよ。リッちゃんの笑顔、オレ以外の誰にも見られたくないっ!
なんでそんなことしたのかはわからない。 オレは、椅子の背もたれにかけておいたジャージを手に取ると、それをリッちゃんの頭にバサッと放り投げた。
「わ、わぁっ!?」
「お、おい・・・律?」
それから、ジャージで顔を覆われたリッちゃんの頭をぎゅっと抱きこむ。 腕の中のリッちゃんは、何が起こったのかさっぱりわかっていないんだろう。オレの腕の中で、例のごとくカチコーンと固まってしまった。
「お、おい・・・永瀬お前、何してんだ?」
「り、リッちゃんの・・・」
「は?」
何してるのかなんて、たぶん一番わかってないのはオレだ。 オレ、何してんだろ?
でもでも、とにかく……。 自分の行動に呆然としながらも、オレは呆気に取られる進ちゃんに視線を向けた。そして、とりあえず……先ほど脳裏によぎった感情を、そのまま進ちゃんにぶつける。
「リッちゃんの笑顔・・・見ちゃダメ」
「は、はあ?」
そう言うと、進ちゃんは案の定目をまあるくしてしまった。
「お前、何言ってんの・・・?」
「わ、わかんない・・・けど……。リッちゃんが笑った顔、オレ以外の人が見るのは・・・いやだ」
「……、永瀬てめ・・・」
「あ、あと・・・リッちゃんが、進ちゃんの腕を触るのもいや。親しげに会話してるのも・・・なんか、いや」
「・・・チッ」
思ったことをぼそぼそと口にすると、進ちゃんは呆れたような目でオレを見て……それから、低い舌打ちをした。
「なんだよ。永瀬お前、経験豊富そうな顔して恋愛童貞かよ」
「……? オレ、童貞じゃないよぅ?」
「レ・ン・ア・イ! ……童貞だっつってんだろ」
「れ、れんあい・・・?」
進ちゃんの言うこと、よくわかんない。 首をかしげていると、進ちゃんはけっと笑った。
「見ねーよ、今さら。律の笑顔なんて、ガキの頃から何度も見てるしな」
「っ、……!」
「膨れんな、バーカ。それくらいの負け惜しみ、言わせろ」
進ちゃんの言葉に、オレは頭がカァッと熱くなるのがわかった。 けれど進ちゃんは、からかうようにオレのことを見るだけで、それ以上なんの言葉も口にしようとしない。
ゆるめた腕の中から、もそもそとリッちゃんが抜け出てきた。 状況がつかめていないんだろう。きょとんとオレを見上げるリッちゃんに向かって、オレは苦笑いをして見せた。
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