最期の愛してる
俺は、食い入るように画面を見つめた。 画面の中の茜は、苦しそうに口を開く。
『遺さないようにしようって、思ってた。それは、アキくんの未来の妨げになるからって。……でも、思いを吐き出せないのは、正直とても辛いのです。だから、ここに遺します。お父さん、お母さん……自己満足の告白に、少しだけ付き合ってください』
そう前置きしてから、茜が画面をまっすぐと見据えた。
『アキくん……ごめんね。わたし、アキくんの気持ちは分かっていました。アキくんの「好き」が、幼馴染を超えたものだということも、分かっていた。分かっていて、アキくんの気持ちをはぐらかしました。「幼馴染として」という言葉を前置いて、返事をしてしまったんです』
「茜・・・」
『わたしね、前から思ってたの。悲恋の主人公とヒロインは、ヒロインが死んだ後どうなるんだろうって。遺された主人公は、苦しくて苦しくて……ヒロインを忘れられずに、辛い思いをするんじゃないかって』
目を閉じる茜。 茜は……茜は、遺すことで俺が前に進めなくなると思ったのか? だから……。
『だから、一時の幸せに目がくらんで、アキくんに想いを伝えないようにって思っていました。……もし、最期の局面で堪えられなくて伝えていたら……どうしようね』
画面の向こうで、茜はふふっと笑った。 ……言わなかった、茜は。 最期の局面で、茜は「ありがとう」って言ったんだ。
『自分が言わないでいることを、今はただ願っています。……でもね、やっぱり胸に抱えたまま逝くのは辛いよ。だから、言っちゃいます。アキくんの目には、入らないと思うので。……お母さん!これ、アキくんに見せちゃダメだよ!!』
びしっとこちらを指差した茜。 隣にいたおばさんが、泣きながら少し笑って、「ごめんね」と呟いた。
『えーと、兼松明人くん。……明人くん。……うーん、やっぱりアキくんでいいかな?』
うん、アキくんでいいよ。 明人くんなんて、今さら恥ずかしくて仕方ねえもん。
『んと、アキくん。はぐらかして、ごめんなさい。好きって言ってくれて、嬉しかった。……本当に、嬉しかったよ』
「茜……」
『……好きです、アキくん』
まっすぐ画面を見て、茜は言った。
『好きだよ、アキくん。愛してるよ。ずっと、ずっと好きだったよ』
「…………茜・・・」
ぶわっと、視界が歪む。 でも、茜から目を逸らしたくなくて、俺は必死に目を開いた。
『幸せに、なってね。わたし、アキくんの笑顔が好きだった。だから……泣かないでね?……好きだよ、アキくん。アキくんと同じ意味で、アキくんのこと大好きだよ』
「俺も、……茜が大好きだ」
『アキくん……愛してる』
「俺も・・・愛してるよ」
『……これ以上言うと、実際にアキくんに言いそうになっちゃうね……。……アキくん、幸せになってね?笑っていてね?わたしは、いつでもアキくんのこと、応援してるから』
それから、茜はもう一度おばさんに「アキくんに見せないでね」と言った。 最後にもう一度感謝の言葉を述べて、茜はビデオの電源を落としたようだ。
俺は、わんわんと泣きながら、茜の言葉を心の中で噛み締めていた。
「馬鹿よね、あの子。……変なところで、大人ぶるんだから」
しばらくして、おばさんがゆっくりと口を開く。 俺は、ぐしぐしと泣きながら、その言葉に頷いた。
「言えばよかったのにって、思うのよ。でも、あの子頑固だから……明人くんには、「好きだ」って言わなかったんでしょう?」
「う、・・・言わなかった……」
「言って、前に進めないこともあるかもしれない。でも……言わなくても、前に進めないのにね」
ほら、あの子馬鹿だから、そこんとこ分かってないのよなんて言って、おばさんは笑った。
「明人くんに見せることは、きっと茜の意志に反する。……でも、家から出られずに、明人くんが泣いてるって知って、見せずにはいられなかったわ。この映像には、『好き』という言葉以上に、茜の真意が含まれているって思ったから」
「う、っ・・・く」
「……忘れないでね?茜は、明人くんが幸せになることを望んでた。……もう、分かってると思うけど……」
くしゃりと、おばさんが俺の頭を撫でた。 その言葉に、俺はゆっくり頷く。
茜を第一に考えるおばさんが、茜の願いを破って、俺にこの映像を見せてくれた。 それはたぶん、茜の本心が「俺の幸せ」にあったから。
「前、・・・進む。茜が……応援してくれてるなら……」
「……うん。進んであげて?茜が行きたがっていた大学、明人くんが行ってくれるんでしょう?」
「……い、く・・・」
「頑張ってね?おばさんも、茜の分まで応援するから。……お願いね?」
まだ、悲しみは癒えない。 たぶんこの先も、茜を想って、俺は泣くんだろう。
でも……でも、茜が俺の幸せを望んで、気持ちを吐き出すのを我慢してくれていたなら……。 俺は、進まなきゃ。 最期まで、俺を想ってくれていた茜や、映像を見せてくれたおばさんの気持ちを考えたら、俺はがんばらなきゃいけないんだ。
簡単に忘れられるほど、適当な気持ちじゃないんだ。 だから、この先も俺、茜のことを想うよ。 でも、想いを抱えながら、前に進むから……。 だから、許してな?
「……しばらく、勉強してなかったからなぁ・・・」
「茜のノート貸してあげるから。……頑張ってね?」
「りょーかい」
好きだよ、茜。 なんで想いを伝えられなかったんだろうって後悔ばっかりだけど、俺がんばるから。 だから……応援、しててくれ、な?
久しぶりに笑った俺は、宙に向かって笑いかけた。 茜の最期の願い。
……なあ茜。俺、笑えてるだろ?
空で茜が、大きく頷いたような気がした。
End.
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