最期のことば | ナノ



ここに、遺しておきます


――茜がいなくなって、3週間の時が流れた。





あの後、クラスメイトが招かれて、葬儀が行われた。
クラスメイトがぼろぼろと泣きながら茜の名前を呼ぶのを見て、変な話だけど嬉しくなったんだ。
茜が慕われていたのが、すげえ分かったから。





俺は……俺は、茜との約束を守れないでいた。
「わたしがいなくなっても、幸せでいて」って、茜は言っていた。
でも、でも……ダメなんだよ、茜。


俺は、あの日から一歩も動けなかった。
大学に行くための勉強なんて、もちろんできない。
学校にだって、行けないんだ。


母ちゃんは、心配そうにしながらも、無理やり学校に行かせようとはしなかった。
茜を大事に思っていたのは、母ちゃんも同じだから。
俺が落ち着くまでって、その事実に目を瞑ってくれた。





「茜・・・」


思い出すたびに、泣けてくる。
人の悲しみに際限はないんじゃないかって思うくらいだ。
だって、どんどん苦しくなる。
どんどん、悲しくなる。


「うっ、・・・く……」


茜の家を見るたびに、茜との思い出を思い返すたびに、涙があふれて止まらないんだ。
クラスのやつらからは、毎日メールが届く。
仲のいいやつが、うちまで来てくれることだってあった。


でも、俺は動けないでいた。
茜は俺がこうなることを望んでいたわけじゃないってことは分かってる。
でも……茜がいないクラスに行きたくないんだ。
茜がいない日常に、慣れたくないんだよ。





コンコン、


「明人・・・お客さん」


部屋に篭って泣いていると、ドアが音を立てた。
あの日みたいに茜が来てくれたんじゃないかって一瞬顔を上げたけど、外から聞こえてきたのは母ちゃんの声。


……そうだ、茜はいないんだよな。


「開けるわよ、明人」


問答無用で、母ちゃんはドアを開けた。
部屋を暗くしていた俺は、ドアからこぼれる光に、顔をしかめる。


「……明人くん?……ひどい顔ね」

「おば、さん・・・?」


母ちゃんの隣にいたのは、おばさん……茜の母ちゃんだった。
俺以上に心をいためていたおばさんが、なんでここに……?


「ご飯は、食べてるの?」


ゆっくり近づいてくるおばさん。
俺は、こくんと頷いた。


「……嘘。明人くん、この短期間で痩せすぎよ。死んでもいいなんて、馬鹿なこと考えてるんじゃないの?」

「…………っ、」


おばさんの言葉に、思わず口をつぐんでしまう。
核心を、突かれたような気がしたから。


「……あのね、迷ったの、わたし」

「おば、さ・・・?」

「迷ったのよ。茜の意志を尊重するかどうか。……でも、黙っていると、明人くんはどんどん茜の望みとは離れていく気がしたから……」


言いながら、おばさんが俺の頭に手を乗せた。
その顔に茜がダブって見えて、俺は再度涙をこぼす。


「……茜に怒られちゃうかもしれないけど、見せてあげる。明人くん、こっちいらっしゃい」


俺の手を取って、おばさんは引き上げた。
俺は、俯きながらおばさんについていく。


これから、おばさんが何を見せてくれるのかは分からない。
でも、茜に関することなら、全部知っておきたかったんだ。
それで、悲しみが深くなっても……それでも、茜に関することを、俺が逃すわけにはいかないだろ?





おばさんに腕を引かれて到着したのは、意外にも1Fのリビングだった。
おばさんは母ちゃんに断りを入れて、うちのテレビをピッピッと操作し始める。


それから、DVDのトレイを開けて、真っ白いDVDを中に入れた。
……なんだ?


疑問を頭に浮かべながら、おばさんの行動を見る。


「おばさん、何して・・・」

『お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃんへ』


おばさんに声をかけようとした瞬間、俺の耳に飛び込んできたのは、懐かしい声だった。
はっとしてテレビに目を向けると……茜の姿が、そこにはあった。


「あ、かね・・・?」

「……ビデオレターだって。……まあ、DVDなんだけどね」


おばさんは、懐かしそうに、嬉しそうに、テレビ画面を見た。
俺も、画面を凝視する。
……茜が、こんなものを遺していたなんて……。





『お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃんへ。えっと、茜です。……って、今さら自己紹介なんか必要ないよね。このビデオをみなさんが見る頃、わたしはもうこの世にはいないんでしょう。……なんて、お決まりのセリフを言ってみました。最期のビデオレターなんてことして、ごめんね?
みんな、元気ですか?お母さん、泣いていませんか?お父さん、ちゃんと働いていますか?わたしがいなくなって、お母さんはずっと泣いてるんでしょうね。お父さん、お母さんを支えてあげてね?
親より先に死ぬという、最大の親不孝をすること、お許しください。本当に、ごめんなさい。今さらですが、わたしはお父さんとお母さんの子どもとして生まれて、本当に幸せでした』


そのビデオレターは、茜がおじさんやおばさんに当てたものだった。
18年という短い人生だったけど、幸せだったことや、育ててくれたことに対する感謝の気持ち。
それから、先に逝ってしまうことについての謝罪の言葉と、これからも幸せに、元気で過ごしてほしいという想いが綴られていた。


死ぬ前の茜の言葉を、俺は泣きながら聞いていた。
隣に座るおばさんも、入り口のところに寄りかかっている母ちゃんも、テレビ画面を見てぼろぼろと涙をこぼしている。


茜は、本当に優しい子だったんだ。
だから、みんなに好かれていた。
おばちゃんはもちろん、母ちゃんも自分の娘みたいに可愛がっていたし、父ちゃんなんかしょっちゅう「将来は茜ちゃんが娘になるのかー」なんてでれでれの顔で言っていた。
クラスのやつらだって、茜のこと大好きで……。
葬儀では、女子も男も、先生まで大泣きしてたんだ。
……まあ、一番泣いていたのは、俺だったけれど……。





茜の言葉を聞きながら、俺はそんなことを思っていた。
……そのときだった。
茜の口から、俺の名前が紡がれたのは。





『それと……自己満足になることを、許してください。言わないようにしようと思っていました。でも……このままどこにも吐き出さずに逝くのが、正直辛いんです。だから……ここに、遺させてください。
……あのね、アキくん』





目を瞠った俺を見て、おばさんが小さく息を吐いた。






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