似合うわけなi(ry
「美姫ちゃーん?もう、10時よお?」
「分かってるわよ!」
分かってるの、分かってるのよ! でも、まだ出られないんだってばっ!
ベッドの上に並ぶ、何セットもの服。 サテンのワンピース、ニットシャツ、フリル着きのブラウス、黒のショートパンツ、トレンカ。……背中の開いたシャツは、やめておきましょう。
何種類もの洋服を前にして、いろいろなことを考える。 ……ゆず、どんな服が好きかしら?
…………! 違う、違うのよ? 別に、ゆずにどう思われようといいのよ。いいの。 全然関係なんてないんだから。
頭に浮かんできた恥ずかしすぎるフレーズを、慌てて追いやる。 バ、バカね、あたし。
ええっと……。 そう、そうよ。洋服の話だったわね。
ベッドの上の洋服たちを、再度眺める。 ええっと……、
…………。
この間ゆずと一緒に出かけたときに買った小花柄のワンピースと白いボレロが目に入る。 いやいや。でも、あれはあたしには似合うわけがないし。
でも、ゆずは可愛いって言ってくれたっけ。 また着ていったら、ゆず『可愛い』って、言ってくれるかしら?
……あのときのゆず、とっても可愛かったな。 腕で口元を隠して、真っ赤になって、恥ずかしいのかうつむいちゃって……。 でも、声を荒げて感想を聞いたら、「可愛いと思います」って言ってくれて……。
あのときのことを思い出すと、胸がきゅんってうずくのが分かった。 温かい気持ちがこみ上げてきて、今すぐ傍にあるものを抱きしめたくなる。
「……や、やっぱり、あのワンピースにしようかしら……」
ゆずも、喜んでくれ……って! だから、ゆずは関係ないのよ! あたしは、あたしが可愛いと思うものを着ればいいんだから!
……ってことで、やっぱりあのワンピースね。 自分で見ても、か・・・かわ、可愛いと思ったもの。 可愛すぎて似合わない・・・? そんなこと、思ったかしら?思ってないわよね?
「そう、そうよ。可愛いと思うから、着るのよ?別に、ゆずに可愛いって言ってもらえたら嬉しいとか、そういうんじゃなくて……」
自分でも、ちょっとバカみたいとは思いつつ、ぶつぶつ言いながら着替えを進める。 そして、ワンピースを着て、鏡の前に立った瞬間、部屋のドアがカチャリと開いた。
「もう、美姫ちゃん?約束の時間、間に合うの?」
ママが、膨れながら部屋に入ってきた。 あたしはというと、自分でもちょっと可愛すぎて似合う分けないと思っているワンピースが恥ずかし・・・ち、違う!
か、可愛いと思っているワンピースを着ていたことで、なんだか恥ずかしい気持ちになって、顔が熱くなっていくのがわかった。
「ち、違うの!違うのよ、これは。あの……」
何に対する言い訳なのか自分でも分からなかったけど、いたたまれない気持ちになって、ママに言い訳の言葉を述べ始める。 そんなあたしを見て、ママはクスって笑った。
「……美姫ちゃん、可愛い・・・っ!」
そう言って、ママが部屋に入ってくる。 そして、鏡の前でうろたえるあたしをぎゅっと抱きしめた。
「本当、可愛い!美姫ちゃんはいつも可愛いけど、あの子が絡むと、もっと可愛い!」
ママが頭上でよくわかんないことを言っているけど、あたしはほとんど聞いていなかった。 ただ、ママの『可愛い』って言葉が、頭の中を巡る。
「ママ、本当…?」
「……え?」
「この服、可愛いと思う?ゆず、可愛いって言ってくれるかしr・・・ち、違う!」
またもや恥ずかしいことを言いかけた自分の口を押さえて……でも、答えが聞きたくて、ママにすがりつくようにして尋ねる。 すると、ママは一瞬呆気に取られて、すぐに笑顔に戻ってあたしを強く抱きしめた。
「うん。すごく、可愛いわよ。いつもより、もっと可愛い!」
「ほ、本当……?」
ママの腕の中で、確認するように問いかける。 すると、ママが満面の笑みで、指でわっかを作った。
「もっちろん♪……誓うわ。そのワンピース、すごく可愛い。譲ちゃんも、可愛いって言ってくれるわよ」
「……ゆ、ゆずに・・・可愛いと思ってもらえなくても、いいもの……」
でも、ママの言葉はすごく嬉しい。 ようやく服も決まって、チラッと時計に目をやる。……10時25分。 10時半に、ゆずと駅で待ち合わせをしているのに……これじゃあ、遅刻しちゃう!
「マ、ママ!行ってきます!」
「はーい。気をつけるのよー?」
昨日から用意してあったハンドバッグを手にとって、急いで部屋を飛び出した。 ……え?髪とかメイクはって? あたし、元々メイクはほとんどしないの。それに髪は、朝早めに起きて巻いておいたし。
汗をかかないように、早歩きで駅まで向かう。 部屋のドアを出た瞬間、微かにママが呟く声が聞こえた。
「美姫ちゃんったら、恋する乙女ねー」
**********
時刻は、10時40分。 10分間の遅刻だ。
ど、どうしよう……。 ゆず、怒って帰っちゃったかもしれない……。
……ゆ、ゆずは帰んないわよね。 あ、あたしの柴犬なんだからっ!
そう心の中で繰り返し唱えながらも、不安が心を支配する。 ドキドキしながら、待ち合わせの改札前に目をやった。
……いた。 よかったあ……。
改札横のレンガ造りの壁に寄りかかるようにして経っているのは、ゆず。 今日は肌寒いからか、グレイの七分丈にベストを羽織っている。 ……う、うん。カッコイイといえないことも、ないわね。
遅れて、ごめんなさい。 ちゃんと、そう謝らなきゃ。
自分の姿をチラリと見て、ふうっと息を吐く。 皺、寄ってないわよね?髪も、バッチリよね?
息を整えて、ゆっくりとゆずに近づく。 ……心臓が、なんだかドキドキする。
「ゆ、ゆず!」
声の届く位置まで近づいて、ゆずに向かって手を振ると、ゆずがゆっくりこっちを向いた。
「美姫さ、ん」
「ごめんなさい、遅くなってしまって……」
ゆずのそばに駈け寄って、謝罪の言葉を述べる。 下からゆずを見上げると……うわあ。ゆず、顔真っ赤。
「あの、ゆず?」
「あ・・・えっと。あの……この間買ったワンピース、着てきてくれたん、だな」
ドキン。 心臓が音を立てる。
「そ、そうだけど・・・あの……」
ゆずが、チラッとワンピースに視線を投げた。 き、緊張する!
「え、えっと……。なんだか、たまにはこういう系の格好もいいかなって思って。別に……その、あの……あたしには、あまり似合わないっていうのも分かってて……」
勝手に、ぼろぼろと言葉が口から出てくる。 思いも寄らないくらい弱気な自分の発言に、自分でびっくりしてしまう。
それに、気がついたらゆずのシャツの裾を握り締めていた。
「……わいい」
と、ゆずが口を開いた。 何を言われるのかなんだか緊張して、思わず顔がこわばる。
ゆずは、真っ直ぐあたしを見て、にっこりと微笑んだ。 ……はじめて、見たかも。ゆずが、こうやって笑ったの。 だってゆずは……いつも、赤くなって、わたわたしていたから。
……笑顔…すごく……綺麗。
「美姫さん、すげー可愛い」
そして、笑顔のまま紡がれたその言葉に、顔が熱くなるのが分かった。
どうしよう……。あたし、すごく嬉しい。
ゆずが、行こうって言って歩き出した。 あたしは、恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちでいっぱいになりながらも、慌ててゆずに着いていく。
ゆずとのおうちデートは、まだはじまったばかり。
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